「――で」体勢を崩すことなく口を開いたのはゼストだった。
「何があった」
いつかは飛んでくると思っていた、その質問。さっきまでの私なら100%答えることができずにいただろう。
でも、どうしてだろう。今は不思議と言える気がする。言いづらいことに変わりはないけれど、だけど、それでも、気持ちが楽になったことは確かだ。
「……バカにしないって約束してくれたら、言う」
何言ってんだか。自分のつけた条件に嫌気がさす。そんなことをするような奴じゃないって本当はどこかでわかっているのに。怖くて、それに怯える自分の弱さが嫌いで。
「バカにしまくってやんよ」笑って返してきた。
それが「約束する」の合図だと理解した――してしまった私は、何もかも全部、ぶつけてしまおうと思った。これから私が紡いでいく言葉にも、きっと彼なら真剣に聞いてくれると信じていたから。私を抱き寄せるその腕が、そう言っているから。
「……怖かったんだよ」
これがデジャヴってやつなのかな。でも、よくよく考えてみればいつだったかの状況とは違う。あのときは確か、無理矢理ゼストに吐かされたんだっけ。今は――彼の「何があった」のその一言だけで、しかもそのうえ自分で、ちゃんと言えている。
「リョウくんが私のことを呼んでくれるようになって、それがだんだんと当たり前になってきて、でも私の“当たり前”とは違ってて、また誰かに見失われてしまうことが怖かったの」
名前を呼んでもらえることが当たり前として慣れてしまっていることが怖かった。
本当に本当の、本物の本音は言えなかった。だから少しだけ言葉を変えて、まわりくどく言った。きっと彼にはそこまでの鋭さはないと思ったから。
でも。
「――――――ルナ」
突然名前を呼ばれたことに対して敏感に耳が反応する。嬉しくなってしまうのはどうしてかな。“当たり前”に戻りたがっていた――あるいは戻らなければならなかったはずなのに、私の名前を呼ぶ彼の声が恋しくなってしまう。
「俺が当たり前のように呼んでやるよ」
カッコつけでも何でもなくて、自然と言えてしまうのだからこれまたずるい。からかいでもなくて嘘でもないことも知っている。
「無理に前みたいな“当たり前”に戻ろうとすんじゃねーや。慣れちまったんならそれでいいだろ」
彼曰く、俺がいつも呼んでるんだから、とのこと。それでもまだ不満か、と耳元で囁かれる。
「…………大満足に決まってんじゃん、バカ」
そう言ってまた、腕の力を少し強める。
最後まで罵倒の言葉が必要になってしまうのは、彼に対するほんの少しの意地悪と照れ隠しだ。



