きっとそれはほんの数秒の出来事だったのだろうけれど、私にとっては何分、あるいは何十分のように長く感じられた。もしかすると出来事自体は数秒しかなくて、けれどもこの状況に自分の頭が追いつくまでにそれだけの時間を要していただけなのかもしれない。
どちらにせよたった一つだけ言えることは、私は今、これまでの人生の中で経験をしたことがないくらい混乱しているということである。
だってだって、考えてもみてくださいよ。
私は目の前にいる幼馴染もといゼストのことをそれも恋愛対象として好いているわけで、以前には彼から「好きだ」と言われたけれどもそれ以降は愛の言葉なるものなんてほとんどなくて、なんだかあやふやなまま時間だけが悪戯に過ぎていくばかりで、そして……。
――突然の、キス。
……思い出すだけで爆発しそうである。彼――ゼストが目の前にいるというのにこんな顔を見られてしまっては恥ずかしいとしか言いようがない。
ていうかこいつは何なの。散々私の気持ちを掻き乱しておいて、こういう状況――私が自分自身に対して嫌気がさしてきたタイミングで急に優しくなっちゃって。ここにいろ、だなんて言葉は普段のゼストからは考えられない。
こいつ、絶対に惚れさせにきてる。
「……バカじゃないの」私の声は気がつけば外に出ていた。
まわりくどいんだよ、やり方が。そんなことしなくても、もうとっくに私はあんたのことが好きなの。どうしようもなく大好きなの。
本当は私の姿が見えているくせに見えないふりをするうざいところも、なんだかんだ言っていつもあなただけが私を探しに来てくれるところも、私の些細な気持ちの変化にも敏感に気づいてくれるところも、無茶して大怪我するバカなところも。
全部全部、大好きなんだから。
……もう。全部、吹っ飛んじゃったじゃない。また、ぬくもりが恋しくなっちゃったじゃない。一人で私自身の“当たり前”を取り戻そうともがいていたのに、お前のせいで大失敗だバカヤロー。
彼がいてくれるなら、ゼストが隣にいてくれるなら。そんな気持ちが、どこかでふつふつと湧いてきていたことを私は知っている。知っていたけれど、それを認めてしまうのが怖くて目を逸らし続けてきた。
だけどもう、それも必要ないな。
「……遅いよ」
私の腕は自然に動いていて、彼の首の後ろに回っていた。頬に感じたものが彼の温かな頬のぬくもりだったのか、それとも私自身の涙だったのか、嬉しさや幸せのあまり頬自体が帯びた熱なのかはわからない。
「お前が鈍いだけだろーが」
「ビンビンに鋭いわバカ」
お互いにそれだけ言い合って、どちらからともなく再びくちづけた。