【ゼストside】
――うるさい!
幼馴染がガキんちょに向かって叫んだのはこのときが初めてだった。……いや。叫んだというよりは怒鳴ったと表現するほうが適切か。
「はってんとじょうのおねえちゃん」なんて言われて口が悪くなることは何度かあったが、怒りを込めたものではなかった。なんだかんだ言ってあの子供にはずっと優しかったし、あれだけの怪我をさせられてもへらりとした顔で許していた。
あいつの様子がおかしくなることは前にもあったが、子供がいるときにそれを顕にしたことはなかった。そんなあいつが、そんなルナが、怒鳴った。
俺にでもなく『家』の奴らにでもなく、子供に。
今日は俺とルナと子供の三人で一日使って出かけていた。外出する直前にはいつもと変わらないやりとりもした。あいつの様子もいつもと同じだった。
ルナの様子に違和感を覚えるようになったのはどこからか。自室に戻った俺は今日の記憶を辿り始めた。
さっきも言ったように出かける直前は確かにいつも通りだった。『家』を出てからもしばらくは普段と変わらないような会話をしていたし、あの子供の要望にも「はいはい」と言いながらではあるが応えていた。
……じゃあ考えられるのは、あのときか。
あのとき。それは、あの情報屋の三人とばったり遭遇してしまったときのことだ。子供にも俺にもみんな気づく。気づいてもらいないルナがそこで叫ぶ。これもまたいつものパターンだった。
でも、ルナはきっとそこから何かを考え始めたのだろう。なんだかんだで繊細な奴なのはわかっていたが、それでもそんなに思い詰めるほどのことではないと思っていた。だが、おそらく俺のルナに対する認識の仕方が間違っていたのだろう。
俺が思っているよりもずっと、ルナは脆かったのだ。
誰にも気づいてもらえないことが当たり前だったルナにとって、自分が何もアクションを起こさなくても名前を呼んでくれるリョウは大きな存在だったに違いない。しかもここ最近は俺とリョウがルナの側に常にいたし、特にリョウは何度も何度もルナの名前を呼ぶから余計にだ。
呼んでくれる誰かがいつも側にいる。ルナの中でそれが“当たり前”になりつつあって、普段の“当たり前”をあの三人によって突きつけられた――。
あの情報屋三人が故意にそうしたわけではないとルナ自身もわかっているはずだ。けれどもどこかでそれを消すことができなくて、きっと自分の存在というものがわからなくなってきているのだろう。
あいつのことだ。このまま消えてしまってもいいなんて思ってバカな考え、持ってなきゃいいんだが……。
どうにも嫌な予感がして、俺は早急にルナの部屋に向かった。



