誰にも見えないその影を




「ねえルナ」


午後4時を過ぎ、情報屋たちと別れて『家』へ帰ろうかというときだった。リョウくんが私の名前を呼んだ。


あの議論のようなものはそれはもうこの上なくくだらない内容で、コーヒーはブラックがいいだの微糖がいいだのミルク有りがいいだの無しがいいだの、砂糖とミルクの割合だとか氷の量だとか、アイスがいいとかホットがいいとか、ココアは温かいのがいいとか。……あ、最後のはリョウくんね。


「私はコーヒー飲めないのでココアが好きです」なんて言ってしまった暁には、「マジでか!」というハツネちゃんの一言で終わらせられてしまった。そしてそのまま私の存在はみんなの中から再びフェードアウト。


そんな子供みたいな話で盛り上がるなら、そしてあんな一言で私を消すくらいなら、いっそ消されたままの方がよかったのに。


リョウくんに言ったって仕方がないことなのはわかっているけれど、それでもやっぱりそう思ってしまうのは私がまだまだ子供だからなのだろう。……もう少し、大人にならなきゃ。


「どうしたの?」ありがたいことにすっかり私のことを名前で呼ぶようになってくれたリョウくんに顔を向ける。


「ルナ、今日眠いの?」


「……どうしてそう思うの?」


私はいたっていつも通りだと思う。眠いわけでもないし疲れているわけでもない。たとえそうだとしてもそこまで顔には出ないタイプだし、だから他人――ましてや子供に見破られるとも思っていない。


「だって、今日ずっと遠くを見てるみたいだったもん」


遠く。


それが何を意味しているのかは、なんとなくわかっていた。リョウくんは思ったままのことを言ったまでなんだろうけれど、なんだか全てを知っているような口ぶりに聞こえて、子供の無邪気で鋭い観察力に少しぎょっとした。


「……気のせいだよ」


そうとしか言えないのは、リョウくんの言っていることが的を射すぎているから。


子供の無邪気さは、怖い。なんでも見抜いちゃうんだもん。強敵だよ、こりゃ。それに加えてゼストだっているわけだし。もう地獄じゃん。隠そうとしたって無理じゃん。全部二人に筒抜けじゃん。なんてこった。


「今日は疲れたねー」


ふうん、と小さく言って、リョウくんはそう微笑んだ。何かを含んでそうに見えるのはきっと私だけだろう。他の普通の人から見れば、子供の可愛い笑顔なんだろうけれど。異常なのは、やっぱり私一人なのかもしれない。


「……そうだね。私も疲れた」


こんなことしか考えられない自分に疲れた。明日はもう少し、前向きでいられるようにしよう。


「…………………………」


後で気づいたことなのだけれど、そういえばゼストは帰り道になると一言も喋っていなかった。それはもう気持ちの悪いくらいに静かだった。


歩きすぎて頭おかしくなったとか……? そんな呑気な考えでいられた時間は、そう長くはなかった。