雄朝津間皇子(おあさづまのおうじ)は兄の瑞歯別皇子(みずはわけのおうじ)の前までやって来た。

「おい、雄朝津間どうした。そんな怖い顔をして」

「兄上に話しがある」

瑞歯別皇子は、弟の雄朝津間皇子の雰囲気がただ事ではない事に気付いた。

「話しだって?では場所を変えようか」  

瑞歯別皇子はそう言った。

「いい、別にここで構わない」

(こいつはさっきまで、佐由良と一緒にいたんじゃ)


「兄上にお願いがあります。佐由良を俺に譲って欲しい」

それを聞いた瑞歯別皇子は、持っていた酒をその場に落とした。

「何、何だと!お前、一体何の冗談だ!!」

「冗談なんかじゃない、俺は佐由良を自分の妃にしたい」

(お前は……そんな話しが許せる訳ないだろう!!)

それを聞いた瑞歯別皇子は、思わず雄朝津間皇子を睨み付けて言った。

「佐由良はこの事知ってるのか」

「前に兄上の宮に行った時に話してる。どのみち了承が必要だったから、いずれ兄様に申し立てて、了承を貰えたら佐由良には再度話すつもりでいたさ」

(何だって!!)

瑞歯別皇子はその話しを聞いて。さらに怒りが込み上げて来た。

2人の皇子がお互いに睨み合ってる中、そこに遅れて佐由良がやって来た。

(え、一体何があったの?)


佐由良が来た事に気付いた瑞歯別皇子は、彼女に向かって言った。

「佐由良。お前が雄朝津間から妃の申込みを受けてたのは本当か!」

「え、その話は……」

彼女は思わず体が固まった。

「お前……その感じだと、その話しは本当なんだな」

瑞歯別皇子は酷く低い声で彼女に言った。

「はい。本当です。でもそれは直ぐに答えを出さなくて良いと言われてたので」 

「佐由良は何も悪くないよ。俺が無理言ってただけだから」


「雄朝津間お前は黙ってろ!!」

瑞歯別皇子は佐由良が今まで見た事もないような、凄い怖い顔をしていた。

するとその場に沈黙が走った。

「はぁーもう良い、好きにしろ」
 
彼の声には何の感情も無かった。

そう言って瑞歯別皇子は、そのまま宴の場を後にした。

その光景を近くで見ていた去来穂別大王(いざほわけのおおきみ)は、これはただ事ではないと考え、慌てて側近の物部伊莒弗(もののべのいこふつ)を呼ぶように指示した。

伊莒弗も今日はこの宴の場に来ていたようだ。


こうして宴の場はその後しばらくして終了となった。

大王はその後伊莒弗に状況を説明し、佐由良は一旦伊莒弗が連れて帰る事になった。

佐由良は伊莒弗の顔を見るなり、声を顕にして泣き出した。
そんな彼女を彼は何も言わずにただただ慰めてやった。