そして4月に入り、皇子の宮に嬉しい知らせが入って来た。

何と去来穂別大王(いざほわけのおおきみ)の皇后の黒媛(くろひめ)が、無事に皇子を出産したとの事だった。

今回黒媛のつわりが中々無かったので、妊娠が発覚した時点で、どうやら4ヶ月を越えていたようだ。

そこで皇子の出産を祝う為、宴が開催される事になった。

瑞歯別皇子(みずはわけのおうじ)も宴に参加する為、大王のいる磐余稚桜宮(いわれのわかざくらのみや)に向かう事になった。
その際に大王は佐由良も連れて来て欲しいと言ってきた。

佐由良も始め乗り気では無かったが、大王たっての要望の為、中々断る訳にはいかない。

そうして当日になり、佐由良は宴の場にやって来た。 
とは言え、采女としての彼女は宴での準備や食事の配膳等に駆り出されて忙しく回っている。

去来穂別大王は、生まれて間もない市辺皇子(いちのへのおうじ)を抱いてとても嬉しそうにしていた。
その彼の隣では、皇后の黒媛がにこやかにそんな彼らを微笑んで見ていた。

(あれが黒媛様。なんて綺麗な方。それに今回お生まれになった市辺皇子もなんてお可愛らしいこと)

佐由良も仕事に追われながら、大王夫婦の様子を見ていた。

(お二人共とても幸せそう……)  

佐由良にはそんな大王夫妻の光景が、とても羨ましく思えた。

(愛する人の子供を産んで育てる。私にはそんな権利もないのよね)

佐由良がそうやって大王達を見ていると、その近くには瑞歯別皇子も座っていた。
ただ余り喋っている感じではなさそうで、ひたすらお酒を飲んでる感じだ。

(瑞歯別皇子……)


そんな時だった、佐由良の横を1人の女性が通り過ぎた。

(あの人は、不思議な光景の中で皇子と抱き合っていた女性だ)

その女性はそのまま真直ぐ歩いて行き、瑞歯別皇子に声を掛けた。
皇子もその女性を見てかなり驚き、横に坐るよう催促した。

「ここからだと何を話しているかはさっぱり分からない」

仕方ないので、そのまま仕事に戻ろうとした丁度その時。

「あれ、佐由良も来てたんだ!」

彼女が振り返ると、そこには雄朝津間皇子(おあさづまのおうじ)が立っていた。

「まぁ、雄朝津間皇子。ご無沙汰しております」

佐由良は皇子に挨拶した。

「でも他の宮にいる佐由良が、何で大王の宮で仕事してるの?」

皇子は不思議そうにして言った。

「はい、今回大王から私にも是非参加して貰いたいと言われまして。
ただ私は采女なので、それで仕事の手伝いをさせてもらう形で、こちらに越させて貰ったんです」