瑞歯別皇子(みずはわけのおうじ)、頼まれていたお酒をお持ちしました」

「分かった。中に持って来てくれ」

佐由良はそう言われて部屋の中に入った。

部屋の中では、瑞歯別皇子が一人で政り事の仕事をしている最中だった。

(確かに、こんな寒い中部屋にずっといたら体も冷えて仕方ないわ)

佐由良がそんな事を思っていた時だった。ふと瑞歯別皇子が彼女を見て言った。

「あぁ、佐由良が持って来たのか」

どうやら仕事に夢中で、誰がやって来たのかも気づいていなかったようだ。

「皇子、お酒は横に置きますね」

そう言って佐由良は皇子の横にお酒を置いた。 

するとそんな彼女を見て瑞歯別皇子が言った。  

「お前、やけに薄い格好をしているな。それで寒くないのか」
 
彼の目には、佐由良が酷く寒そうに見えたようだ。

「はい、何分大和の冬は寒くて。でもすぐ火を炊いてる所に戻りますので……」 

佐由良は少し体をブルブルとさせていた。

(本当皇子の事を心配する以前に、自分も体を冷さないようにしないと)

そんな彼女を見て、瑞歯別皇子は思わず佐由良の手に触れた。

すると彼女の手はかなり冷えていた。

「お、皇子?」

瑞歯別皇子の意外な行動に、佐由良は驚いた。

「やっぱり相当冷えてるな。そうだ、1人で酒を飲むのもつまらないから、お前も少し付き合え」

(え、私が一緒に?)

「そんな、私なんかがそんな滅相な事...1人がつまらないなら、他の者を連れて参りましょうか?」

(きっと他の采女なら皆喜ぶだろうし……)

佐由良からそんなふうに言われて、瑞歯別皇子は少しムッとした。

「良いから、横に座れ」

そう言って皇子は無理やり佐由良を横に座らせた。

(お前はそんなに俺と一緒に飲むのが嫌なのか)

そして皇子は、お酒を強引に彼女に渡した。

「で、では、有り難く頂きます」

佐由良は渋々お酒を口に入れた。

「わぁ、美味しい。お酒ってこんなに美味しいんですね」

「お前、酒は飲まないのか」

「はい、中々飲む機会が無かったので」

佐由良は、余りのお酒の美味しさに嬉しくなり、一気にお酒を飲み干した。

そんな彼女の嬉しそうな表情を見て、瑞歯別皇子も心が和らいだ。

(他の采女だったら鬱陶しくてこんな事しないのに、何故かこいつだけはそんなふうには思わない)