そして誰も引き取り手がいなくなってしまった佐由良(さゆら)を、仕方なく祖父の乙日根(おつひね)が引き取る形になったのだ。

だが彼は佐由良に中々会おうとはしない。

その為佐由良自身も自分は乙日根には嫌われていると思い、今まで過ごしてきた。

今は乙日根の親戚にあたる阿久来(あくら)の元で暮らしてはいるが、そこでの彼女の待遇もあまり良くはなかった。

そして彼女の目の前にいるこの女は、その阿久来の妻の奈木(なぎ)である。

「こんな時期にお祖父様が自分に会おうとするなんて、何かあったのかしら?」

今までも滅多に会う事は無かったが、それでも会う時はもっと数日前には知らせが来る。

それがこんな急に呼び出しが来るとは、何か急な事でもあったのだろうか。

「理由は私も聞いてないけど、何か早く来いとさ。私だって忙しいんだから早く行ってきな。遅くなって私が怒られたらたまったもんじゃないからね」

奈木は明らかに迷惑そうな口振りだった。
乙日根からの急な言い付けだったので、慌ててやって来たみたいだ。

「分かったわ。これから急いで行ってくる。阿久来のおじ様にもそう伝えておいて」

佐由良はそう彼女に言って一旦家に戻った。

そして今まで着ていた服を脱ぎ、少し上等な服に着替えた。仮にも一族の長に会うのだ、みすぼらしい服で会う事は出来ない。

それから簡単に髪を頭上で結い上げて纏め、そして軽く化粧をほどこした。
普段いつも身支度は一人でやっている為、こういった事も手慣れている。

「お祖父様も一体急に何の用かしら。今は特に問題事など無いはずだし……」

とりあえず一人考えていても時間の無駄なので、彼女は急いで乙日根の元へ向かう事にした。

乙日根の住んでいる所は一族の村の一番奥にあった。
行く途中には海に駆り出す際に使う網や針、また魚の燻製なども作られていた。
ここ瀬戸内の海は魚がふんだんに捕れ、また他の国との貿易がとても活発に行われていた。
それが海部ひいては吉備国と言う大国を作り上げる事になったのだ。

そんな海部の村の中を見渡しながら進んで行くと、ついに乙日根の家の前までたどり着いた。