佐由良逹が吉備を経ってから1週間と数日、海の上の移動も難なく進み、陸地についてからも尚順調に進んでいった。

そして遂に彼女らは大和入りを果たした。

佐由良は当初、去来穂別皇子(いざほわけのおうじ)の元に仕えると思っていたが、実際は弟の住吉仲皇子(すみのえのなかつおうじ)であった。

この事を知ったのは、乙日根から大和行きの話を知らされてから数日後の事である。

住吉仲皇子は今年19歳で、先の大王の第2皇子である。
艷やかな髪と、女性のような色白とした肌をしているのが特徴的で、性格も穏やかで、とても心の優しい青年だった。

また采女(いなめ)と言う立場ではあったが、佐由良に対してもとても気さくに接して来れるので、佐由良自身もとても親しみやすかった。

仕事はそれなりに忙しくもあるが、仕事が一段落すると休憩中は好きに過ごせ、また他の采女逹との関係も良好だった。

他の采女逹は陸地や山奥などに住んでいた者が多く、佐由良の話す瀬戸内の話をいつもとても興味深く聞いていた。

そして、そこには住吉仲皇子が加わる事もあった。


大和に来て早2ヶ月、佐由良もだいぶここでの生活に慣れてきた頃である。

佐由良が住吉仲皇子の元に食事を持って行った時だった。

「実は明日去来穂別皇子がここに来ると、先ほど従者の者から連絡があった」

「え、去来穂別皇子がですか?」

「あぁ、兄も父上が亡くなり、また自身の大王に立つ事が決まった。それで色々と慌ただしかったので、気分転換も兼ねてくるそうだよ」
 
「それは急な訪問で。では明日の準備で今日は忙しくなりそうですね。ただ私は去来穂別皇子にまだお会いした事が無く、お会いできるのは本当に嬉しいです」

佐由良は本心でそう住吉仲皇子に言った。

佐由良はまだ去来穂別皇子に会った事はない。その為、去来穂別の訪問には自然と興味が湧いた。

住吉仲皇子も佐由良のその話を聞いて、そうかと、とても嬉しそうに微笑んだ。

「大王となられると言っても、兄上はとても優しい方だから、変に構えなくて良いよ。それに吉備の姫にも是非会いたいそうだ」

「え、吉備の姫って私の事ですか!」

佐由良は、思わず目を丸くした。

「あぁ、そうだよ。父上の妃だった黒日売がたいそう綺麗な人だったからね。その身内の姫なんで、兄上も興味があるみたいだ」

「そうなんですか?」

単なる采女の1人にすぎない自分に、まさか興味を持ってもらえるとは思ってもみなかった。

住吉仲皇子は、佐由良が1人考え出したので、ふと不思議に思った。

「あ、もちろん佐由良には手を出さないよう、兄上には忠告はしておくよ。そんな事されたら困るからね」

「手、手を出さないって……」

佐由良は今度は少し顔を赤くした。

そんな彼女の表情を見て住吉仲皇子はクスクスと笑った。 

佐由良も最初ここに来た時に比べ、素の表情を大分出すようになったと皇子は感じていた。
吉備海部でどのような暮らしをしていたのかを余り聞いてはないが、きっと本来の自分を出す事は余りなかったのであろう。

そして住吉仲皇子の宮内はそれから大忙しで、去来穂別皇子の出迎えの準備に取りかかった。


翌日になり、去来穂別皇子一行が住吉仲の宮を訪れた。
去来穂別皇子は住吉仲皇子よりも4歳年上の23歳で、住吉仲皇子と同様に磐之媛を母に持つ、先の大王の第1皇子だ。

佐由良は初めて去来穂別皇子を見たが、彼はとても体が大きく凛としていた。その上、物腰もとても柔らかそうだ。

「そなたが吉備の姫か」

「はい、吉備国海部の佐由良と申します」

彼女は慌てて頭を軽く下げた。

「ふーん黒日売にも少し似ておるな。これからとても美しい姫になりそうだ」

去来穂別皇子は佐由良はまじまじと見ながら言った。

「兄上、いくら佐由良がきれいな娘だからと言っても、夜に彼女を連れていかないで下さいよ」

「うーん、それはもったいないな……何だ住吉仲、お前が既に手を付けた娘か」

「兄上、馬鹿な事は言わないで下さい。彼女にそんな事はしておりません」

そんな2人の会話を佐由良は聞いていた。

(住吉仲皇子、やっぱり私はそう言う対象としては見てないんだわ。)

住吉仲皇子に対して、佐由良は恋心とまではいかないが、ほのかに慕っていた為、多少なりともショックを受けていた。


「では私たちはこれから少し話があるから、佐由良は控えていて大丈夫だよ」

「分かりました。では先に戻っています」

そう言って佐由良はその場を離れる事にした。