家に戻ってみると、阿久来(あくら)奈木(なぎ)はすでに食事を終えており、佐由良は危うく今夜の食事を貰えなくなる所だった。
だが今夜は食事が喉を通る気が全くしない。

奈木は佐由良を見るなり、嫌みたらしくして彼女に言った。

「あんたどこで道草食ってたんだ。乙日根(おつひね)様の用事なんてとっくに済んでたんだろ」

「ごめんなさい、次は早く帰るようにする」

そう言って、佐由良はそれをいつものように受け流し、自分の部屋へ向かおうと歩き出した。

すると奈木は、慌てて佐由良に言った。

「それで乙日根様はあんたに何の用があったんだ。大分急ぎの用だったんだろ?」

それを聞いた佐由良は、ふと後ろを向いて何の感情も出さずにして言った。

「お祖父様に、私に采女として大和に行くよう言われたわ」

「え、な、何だって!」

続けて彼女は、奈木の大分驚いた顔を気にも止めずに言った。

「悪いけど、今日は疲れたから食事はいらない」

そして彼女はスタスタと歩いて自分の部屋へと向かっていった。

そんな彼女の後ろ姿を見ながら、奈木は呆気にとらわれた。

しかし直ぐにハッとして、「いやいや、こうしちゃいられない。阿久来にも早く言わないと」と言って、それから急いで阿久来の元へ向かった。




佐由良は部屋で横になって今日の事を思い返していた。
今日は本当に色んな事があった為ぐったりしてはいるが、頭はまだ何とか冴えていた。

今尚も外では月が光輝いていた。

「この海部とも、お別れしないといけないのね。私の事を受け入れてくれる人は少なかったけど、ここ海部は本当に好きだった。ここでひっそりと暮らしていければ、それで良かったのに。
きっとお祖父様は最初から、私を何かに利用する為に族内に置いておいたんだわ。それぐらいしか利用価値が無いと。まぁどこかの豪族の慰み者にでもするつもりだったんでしょうね」

そして、彼女はゆっくりと眠りについていった。