音も立てず、インシアが立ち上がった。

 長く長く、風に靡く淡色の髪。

 それを子供の癇症さで跳ね上げて、インシアは水場の扉を押す。

 この塔の部屋の扉はふたつ。外へ抜ける重い扉と、水場に続く薄い扉。

 彼女が触れられるのはひとつだけ。

 すっと開いた隙間を摺り抜けて、彼女は消え失せる。

 髪の毛の先まで飲み込んで、扉が閉まる。

 薄っぺらい板一枚だけで、気配全てが消え失せる。