他の感覚を捨て、視覚だけを研ぎ澄ませる。
目の前の男に集中すると、まるでスローモーションのように、彼のナイフを持った手がどちらに動こうとしているのかが見えた。
波打つ皮が、盛り上がる肉が、しなる骨が、相手の体が全てを教えてくれる。
私は相手の攻撃をことごとく、伸ばした手錠の鎖を当てていくことで防御した。
視覚だけに集中しているせいか、ギイン、と金属がぶつかる音がやけにくぐもって聞こえるようだった。
本人は最速で攻撃しているつもりなのだろう。
戸惑った表情で一度ナイフを下げた。
今だ。
私は怪我をしていない方の足を軸に、もう一方を思い切り振り上げた。
膝を胸に引きつけるように。
「えいっ!」
そうして……。
「ぐ……っ!」
声にならない叫び声を上げて、相手は倒れた。
私が攻撃した、股間を押さえながら。
「……一ノ瀬、なんて下劣なんだ」
矢作さんがぼそりと言う。
その声は、もう普通の響きを持って聞こえた。



