「その人がいるから、辛くなかったのかもしれない」
振り回されて、恋愛経験値ゼロの私はいつもまごまごしていたけど。
新城さんがいてくれたおかげで、つらい職務を乗り越えてこられたのだと、今なら言える。
「ふうん……そのひと、男の人よね?」
「そう」
「紫苑、そのひとが好きなの?」
尋ねられると、びくりと手が震えた。
他人とこんな話をするのは産まれて始めてだったから。
いや、友達の恋愛話なら飽きるほど聞いてきたけど。
「あの……職場でこんなの、ダメだってわかっているんだけど」
「うん」
「気持ちがばれたら、周りに迷惑がかかる。SPはチームで動いているから」
「そうなの。それで?」
「それでも……」
「好きなのね」
言い訳する子供を追いつめるように、母が私の答えを先取りする。
はっきりと言葉にされてしまうと妙に恥ずかしくて、頬が熱くなった。
返事をする代わりに、残ったチャーハンを口に入れると、背後でどさりと何かが落ちる音がした。
驚いて振り返ると、そこには黒いバッグが。
そして、その持ち主の葵が、青い顔で立ちすくんでいた。
葵が、青い顔で……。



