溺愛モラトリアム 【SPシリーズ新城編】



「まだ四時ですけど、ここを空にしても大丈夫なんでしょうか?」

「ああ。どうにも急ぎの用事があるときは、班長の仕事用ケータイにかかってくるはずだから」

「そうですか」


どうせここにいたって、誰にでもできる書類作成をするだけ。

明日も朝から夕方までここで同じことをするんだし、今日は無理せずに病院に行ってみようか。


「そうだ。病院と言えば」


一足先に部屋を出ていこうとしていた矢作さんが何かを思い出したように振り返る。


「新城も、肩の傷が痛むとか言って早上がりして病院に行った」

「えっ」


肩の傷が……やっぱり、縫った翌日に仕事に行くなんて無茶だったんだ。
ただ立っているだけでも、体力は失われていくんだもの。


「昨日の病院ですか?」

「そうそう。あの、でかくて古い総合病院」

「わかりました。ありがとうございます」


私はバッグを持つと、矢作さんを押しのけて部屋から出た。


「んだよ……元気じゃねえか」


そんな呆れたような声が背後から聞こえたような気がしたけど、反論をしている場合じゃない。

自分の頭のことも心配だし、不審者のことも気にかかる。

けれど、今一番私の心を占めるのは……。


私は怪我をした足でもできるだけ、早く歩こうと試みた。

矢作さんに、私の心を読まれないように。