その唇に魔法をかけて、

「陽子さん!」

「あ。深川さん、も~夕食始まってからマルタニ商事の人たち、すぐにドンちゃん騒ぎ始めちゃってこっちは大変よ、あなたも早く手伝って」

 三田の部屋へ向かう途中、厨房へ戻る陽子を見つけて小走りに駆け寄ると、陽子は額にうっすらかいた汗をぬぐった。

「あの、三田様の体調がすぐれないと聞いて……」

「バス酔い? ちょっと具合が悪そうだったけど、しばらくしたら良くなって今、夕食を召し上がってるわよ」

「そうですか、それならよかった」

 夕食をとれるくらいには回復したようで、それを聞いてほっと胸をなでおろす。

「ねぇ、もうお夕食の準備とっくに整ってるのに、漆畑様のところには行ったの?」

「あ!」

 陽子に言われて、夕食の準備が整い次第、部屋に伺うと言ったままになっていたのを思い出した。真山夫妻とのこともあり、頭の中からすっぽり抜けてしまっていた。

「もういいわ、別の子が呼びに行ったみたいだから、それにもう漆畑様大広間にいないみたいだし、部屋に戻ったんじゃない?」

「すみません……」

 忘れてたんなんて言語道断。言い訳なんてできない。漆畑のところへ行って謝りにいかなければ……と、そう思っていると、あきれ顔をしていた陽子がクスッと笑った。

「あぁ、そう言えば言い忘れてたんだけど、あの漆畑専務には気をつけてね、さっき深川さんのこと探してたみたいだから、あなただいぶ気に入られちゃったのね~ふふ」

(なによ、最初からわかってたくせに……)

 意味深な笑いにモヤっとしたものが沸き起こる。

 まるで人ごとのような口ぶりに、思わず文句を言い返しそうになるのをぐっとこらえた。

「わかりました。すぐに漆畑様のところへお伺いします」

「お酌でもせがまれるんじゃないかな? 頑張ってね」

「……はい」

 ひらひらと笑いながら手を振る陽子に憮然としながら、漆畑の部屋へ踵を返した。