その唇に魔法をかけて、

「……美貴? 美貴ってば」


「え? あ、うん」


 彩乃に呼ばれてはっと我に返ると同時に、花城が二人の気配に気づいて視線を向けた。


「なんだ、見てたのか」


「これから美貴と一緒に街に行ってお茶するの」


 仕事中は立場をわきまえて敬語を話す彩乃だったが、プラベートな時間になると慣れ親しんだ口調になる。花城もそれを咎めない。


「お、お疲れ様です」


「あぁ、新人、仕事はうまくやってるか?」


「はい、おかげさまで……」


 この半月の間、まだ数えるほどしか花城と会話をしていない。いまだ慣れない花城の雰囲気にどうしてもおどおどした態度になってしまう。


「おっと、こんな時間か……お前らも午後出勤に遅刻すんなよ」


「はーい」


 彩乃はにこにことしながら花城を見つめているが、仕事以外の花城に美貴はドキドキしっぱなしだった。


「そういやお前、着物の裾が少し長いぞ、直しとけよ」


「え?」


「この前、廊下で裾踏んでコケそうになってただろ」

 美貴はあまり身長のある方ではない。着物の裾が長いのは前から気になっていたが、先日、何もない廊下でつい裾を踏んでしまい、前のめりに転びそうになってしまったことがあった。まさか花城に見られていたなんて、急に恥ずかしさがこみあげてきた。

(休憩終わる前にさなきゃ……)


 するとその時、美貴の頭にぽんっと温かな手が乗せられて顔をあげると、口元だけで笑う花城と目が合った。


(あれ……この感じ、どこかで……?)


「美貴! バスの時間来ちゃうよ! 急ごう」


「あ、うん」


 彩乃の声に一瞬浮かびそうになった回想がかき消され、花城にぺこりと頭を下げると二人はその場を後にした。