その唇に魔法をかけて、

新しい生活が始まり、あっという間に半月が経った。休みの日には街に行って買い物でもしようと思っていたが、体力的にそんな余裕はなかった。


 仲居の一日は長い。朝六時には出勤し、朝食の準備や片付け、それが終われば客室の掃除をする。そしてその日、自分の担当する宿泊部屋の準備が終わって料理以外の夕食の準備に入る。それが終わってようやく休憩が取れるのだ。


 もちろんそれで仕事は終わりではなく、午後から再び来客のための準備をする。全てひと通り終わってだいたい寮に帰って来られるのは午後の九時、遅いと時は午前様になってしまうこともある。


 不慣れな仕事で美貴は何度も失敗をし、更衣室で落ち込んでいたところ、彩乃に“中休みに街へ行ってお茶をしよう”と誘われた。ここからバスで十五分行ったところに、ちょっとした土産物や雑貨などの店、カフェがある。観光客が集まる場所で、ここの人たちは皆“街”と呼んでいるらしい。行ったら沈んだ気持ちも少しは紛れるかもと、気分転換のために美貴は、その誘いを受けることにした。

「美貴ー! 準備できた?」


「あ、うん! いま行く」


 中休みは二時間ほどで、街へ行ってちょっと買い物をしたりお茶をしたりするには少し忙しないが、息抜きも必要だと美貴は楽しみにしていた。


「あのさ、ちょっと寄り道してもいい? バス停に行く途中だからさ」


「え? うん、いいよ」


 休憩時間は窮屈な着物を脱ぎ、私服に着替える。髪の毛も下ろしてゆったりとする。彩乃もこうして見ると、だいぶ着物姿の時と印象が違う。大学の同級生にいそうな、そんな親近感を覚えた。