その唇に魔法をかけて、

「いいか、このまま後ろを振り向かずに正面のエスカレーターに乗って下に降りろ」

「え?」

 それは遠まわしに帰れということだ。佇みながら唇を噛み締め、美貴はもうこれが最後だと言い聞かせる。そして意を決して一歩踏み出した。

(やっぱり、迷惑だったんだ……)

 肩に置かれた花城の手がするりと離れる。一歩一歩足を進めるたびに大好きな人から離れていく。抱きしめられたそのぬくもりがすでに懐かしい。

「っ――」

 こぼれそうになった嗚咽を押さえ込むように手をあてると、代わりにぽろりと涙がこぼれ落ちた。花城の言いつけを破って今すぐにでも振り返りたい。けれど、そうすることができないまま、下へ続くエスカレーターに足を乗せた。

(やっぱりだめ……!)

 美貴はエスカレーターに乗った後なら、と後ろを振り返った。ぱっと目元から涙の雫が散る。それと同時に片手をあげる花城の姿が見えなくなった。