その唇に魔法をかけて、

「美貴ちゃん」

 背後から声をかけられ、はっとなって振り向くと、そこには心配そうな表情を浮かべたかえでが立っていた。

「大丈夫?」

「……正直に言うと、全然大丈夫なんかじゃありません。仕事にも手がつかなさそうです」

 本当は「大丈夫です」というべきなのだろう。けれど、虚勢を張るにも心が折れすぎていた。甘えているのかもしれないが、かえでの前では正直になってしまった。

「美貴ちゃん、てっきり響ちゃんを見送りに行くって思ってたけど?」

「仕事がありますから」

 なんの抑揚もない口調でそう言うと、かえではハァとため息をついた。

「馬鹿ね、仕事よりももっと大切なものがあるでしょう? 美貴ちゃんはどうしたいの? 本当の今の気持ち、言ってごらんなさい。嘘言ったら怒るわよ?」

 かえでは腰に両手をあてがって、ずいっと前のめりに美貴の顔を覗き込んだ。

「私……」

 本当はどうしたいのかなんて決まっていた。今すぐにでも花城のところへ行きたい。けれど、それはあまりにも身勝手すぎて行動に移してもいいかためらっていた。しかし、かえでの優しい笑顔に後押しされるように、いつまでも揺れていた心が定まった。