その唇に魔法をかけて、

 彩乃に焚きつけられた時、気持ちが盛り上がってしまい、いっそ自分の気持ちも伝えられたら……などと考えてしまった。しかし、いざ改めて考えると二の足を踏んでしまう。こんなもどかしい経験は初めてだった。

 慌ただしい午前中の業務を終え、中休みに休憩室で再び手話の練習をしていると。

「なんだ。ここにいたのか」

「花城さん?」

 珍しく弓道着を着たまま花城が休憩室に入ってきた。

「よくもまぁ飽きずに手話やってるな」

 花城が口の端を上げて笑う。いきなり彼が部屋に入ってきて思わず動揺してしまう。

「も、もう、いいじゃないですか。花城さんこそどうしたんですか? 弓道着を着たままなんて」

「想像以上に汗をかきすぎてさ、道場にはシャワーがないからな、そのままスーツに着替えるのが嫌だったからこのまま帰ってきた」

 汗ばんだ髪をかきあげて、すぐ目の前に花城が寄ると、雄々しさを含んだ彼の匂いが鼻を掠めた。それはけして不快な匂いではなく、むしろフェロモンを感じさせるような魅惑の香りのようだった。男性の汗の匂いに胸が高鳴るなんて今までになかったことだが、変態と思われようとも、どことなく扇情的な不思議な感覚に陥った。