その唇に魔法をかけて、

 せっかく張り切ってお茶を淹れたというのに、結局、総支配人室へ運ぶことができなかった。そのまま給湯室へ戻り、砂糖入りのお茶を捨てた。そして、何事もなかったかのように仕事へ戻った。しかし脳裏にこびりついた花城と藤堂の会話が無意識に何度も頭の中を反芻している。

(仕事に集中しなきゃ……)

 総支配人室へ冷茶を持っていた時に、本当は陽子から教えてもらった花火大会のことを花城に話そうと思っていたが、そんなことはすっかり吹っ飛んでしまった。

(そうだ、私は何も聞いてないことにしておこう……。なにかの間違いかもしれないし、忘れよう)

 もしかしたら、自分は向き合わなければならない真実から逃げているかもしれない。しかし、薮をつついて蛇に出くわしたくはない。だから知らなくていいことには顔を突っ込まないほうがいいのだ。と自分に言い聞かせ、気持ちを改めることにした――。