バスに乗り、十五分もすれば街に出る。夏の陽気に街ゆく観光客の足取りも心なしか軽く見える。そんな様子を眺めながら、頼まれていた料理酒の売っている酒屋へ向かった。

「ごめん下さい。黎明館ですけど、すみません先ほどお願いしていた品物を受け取りに来ました」

 頼まれた料理酒が売っている店には初めて来た。間違いがないか店名を確認し、暖簾をくぐる。

「まぁまぁ、ご苦労様」

 ここは黎明館御用達の酒屋で、女将がにこにこ顔で奥から出てきた。花城も昔から懇意にしている酒屋らしい。

「あら、ずいぶん可愛らしい仲居さんね。響ちゃんと誠ちゃんは元気かしら?」

 六十代くらいのふくよかな優しい印象の女将に、美貴は頭を下げてにこりとする。

「初めまして、黎明館仲居の深川美貴と申します。総支配人も藤堂さんも毎日忙しくしてるみたいですけど元気にやってます」

「そう? あのふたり、うちのバカ息子と同級生なのよ~。生まれも育ちも同じ場所で、同じ学校行ってたのにどうしてこんなにも出来が違うのかしらねぇ」

 女将が右頬に手をあてがって、ハァと息を吐いたその時。

「おふくろー! この酒どこに配達に行くって言ってたっけー?」

「もう! 三丁目の田中さんちだってさっきも言ったじゃないのさ! ったく話聞いてないんだから」

「あーそうだった! って……ん? あれ? なんだ、この辺じゃ見ない可愛い子だな」

 でかでかと“酒”と書かれた紺色の前掛けがよく似合う、恰幅のいい男が裏の勝手口から入って来た。