「藤堂さん、お疲れ様です」

「すみません。もしかしてお邪魔でしたか?」

「いえいえ! いいんです。入ってください」

 気を遣って部屋から出ていこうとする藤堂を引き止め、開いていたテキストを閉じた。

「手話の勉強中でしたか。それで、どんな具合です?」

 藤堂は美貴の向かい側に座ってコーヒーを啜ると、ちらりとテキストに視線を向けた。

「それがなかなか難しくて、できれば検定試験とかにもチャレンジしてみたいって思ってるんですけど……」

 進み具合が思わしくなく、肩を落とす美貴に「ちょっと見せてください」と言ってテキストを手に取りパラパラとページをめくった。

「よく勉強してるみたいですけど、そういえば総支配人は手話検定一級を持ってますよ。わからないことがあったらなんでも彼に聞くといい」

 手話検定の一級所持者は、ろう者や難聴者の双方とよどみなくスムーズな会話ができるレベルと言われている。花城の多種多様な能力に改めて凄さを実感した。

「身体の不自由なお客様が気兼ねなく宿泊できる施設造りというのは、今後サービス業界で最もネックになってくると思います。ですから、先取りでそういったことに取り組むことはいいことだと思いますよ……って、なんだか堅苦しい話になってしまいましたね。そうだ、もし、お時間あるようでしたら近所の浜辺に行きませんか? 息抜きにどうです?」

 藤堂は黎明館のチーフマネージャーとして、総支配人である花城の縁の下の力持ち的存在だ。花城が太陽なら、藤堂は月とも言える。

 性格も物静かで冷静沈着、そして花城とはまた違った良さがあった。そんな藤堂に誘われて、美貴は区切りのついたところで浜辺に行くことにした――。