その唇に魔法をかけて、

「でも、あんな田舎で暮らしてたら退屈だろ? 美貴ちゃんには似合わない環境だと思うんだよなぁ、東京に戻ってくればいいのに」

「そういうわけには……」

 黎明館を逃げるように出てきたが、橘からそう誘惑されると気持ちが反発する。

(やっぱりここにいちゃいけない)

 その矛盾にやはり自分は黎明館に戻るべきなのかもしれないと気づかされた。

「あの、私、そろそろ帰ります」

 すくっと立ち上がるとおぼつかない足がよろけてしまう。橘からさっと支える手を差し出されたが、それには及ばなかった。

「おっと、危ない。帰るって? どこへ?」

「黎明館です。夜行バスに乗ればまだ――」

「そんなのだめだよ」

 急に橘の目が真剣なものに変わって美貴の手を握る。

「あ、あの……」

「今夜は泊まっていきなよ、実は別の場所に部屋を取ってあるんだ。極上のスイートだよ」

 そこでようやく頭の中にある鈍い警鐘が鳴った。
 
 これ以上、ここにいてはいけない――。
 
 早鐘のような鼓動が胸を打つ。しかし、足元はおぼつかず、酔いが回って地に足を踏み込めない状態だった。それをいいことに橘は無遠慮に掴んだ美貴の腕を引き込んで腰に手を回した。

「大丈夫? なんなら、今すぐあそこにいるVIP席のやつらどかして席を移動しようか?」

「だ、大丈夫です……」

(だめ、頭がガンガンする……でも、なんとかしなきゃ)

 腰に回された橘の腕をやんわり解いてもう一度立とうと試みる。そんな美貴を見て、橘が思わぬことを口にした。