その唇に魔法をかけて、

 先日から、社長の秘書に任命された牧田は、社長同好会のためカミューラに今夜は付き添いで来ていた。高級クラブで会員になるには厳重な審査もあるというのに、先ほど社長とぶつかりそうになった女性はまだ学生のように見えた。しかし、ちらりと遠目で見えたその横顔は、どことなく先日の社員旅行で仲居をやっていた女性とよく似ていた。

 まさか、このようなところにいるはずない。そう思い直すことにして、牧田は眼鏡のフレームをくいっと押し上げた。

「あ~あ、逃げられちゃったかなぁ」

「あはは、亮治さん、ちょっと焦りすぎなんですよ~」

「グランドシャルムの令嬢は頭がお花畑だって聞いたから、簡単に行くかと思ったけど、かえって警戒されちゃったみたいだねぇ」

 ふと、下世話な会話が背後から聞こえてきて牧田は思わず顔をしかめた。

 ここは高級クラブを気取っている割には客層が卑しいことは知っていた。昔はそうでもなかったが、なぜ今回の社長同好会がこんな場所で行われるのか……と牧田は解せない思いを何度も呑み込んだ。
 
「すみません、社長、少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか? ちょっと私用で電話をしたいもので」

「あぁ、構わないよ、私は先に席に着いているから、後から来るといい」

 高林がそう言うと、牧田は丁寧に頭を下げてホールを後にした。