その唇に魔法をかけて、

「おっと! これは失礼」

「す、すみません!」

 不意に人だかりの陰から出てきた中年の紳士とぶつかりそうになってしまった。慌てて顔をあげると、その紳士はにこりと笑いかけてきた。

「あぁ、お互い飲み物を持っていなくてよかったね。私もぼーっとしていた。すまない」

「こちらこそ、すみません」

 温厚な紳士にぺこりと頭を下げると、そそくさとその場を後にした。

「高林社長、今の女性は……」

 美貴が去った後、ひとりの眼鏡をかけた男がその紳士に歩み寄る。

「あぁ、牧田か、いや、問題ない。ただぶつかりそうになっただけだ。今夜はなかなか混んでいるな」

 マルタニ商事取締役社長である高林は鷹揚に笑う。牧田は先ほど立ち去った女性の後ろ姿に既視感を覚え、彼女が歩いて行った方向をずっと見つめていた。