咳に混じった声で八王子さんがクスッと笑った。
冗談なんて言ってる場合じゃない。40度の熱だもん。起き上がることも苦しいに決まっている。
それでも、八王子さんが書類を提出するというのならー…。
チラッと時計を確認すると、6時50分。勤務が解けるまで、あと10分……。
「あの……八王子さん。
私が……今から届けに行きましょうか?」
『え……?』
「書類を八王子さんの家に持って行って、ハンコをいただいたら、相手方に届けます。
今の状態じゃ、八王子さん……会社に来る前に倒れてしまいそうだから」
いつもなら″大丈夫″と、逆にこちらを気遣うようなことを言ってくれる。
けれど、八王子さんは電話口で黙ったまま。ぜーぜーと苦しそうな吐息しか聞こえない。
家に行くなんて失礼なことを言ってるのもわかるけど、それ以上に心配で。私だって引き下がることはできないの。
しばらくの沈黙のあと。
『……わかった』
彼は静かにそう言った。

