それは、八王子さんのスーツの黒い上着だった。
上着の隙間から、スマホをいじる八王子さんの横顔が見えた。
「調べたら、雨はこのまま止みそうにない。
話はまた後にしよう。タクシー呼ぶから、来るまでそれ被ってろ」
そう言って、タクシー会社に電話をかけ始める。
飲み会のときに助けてくれたときと同じ。すぐに次を考え行動する姿も、優しさも、あの日と何も変わらないけれど。
ねぇ八王子さん……。
その優しさはひどいって思います。
嫌ならきっぱり突き放してくれたらいいのに。そうしたら諦められるのに。
他人行儀な優しさは、悲しいだけなんです……。
胸がぎゅうっと痛くなって、雨に混じって涙が頬を伝っていく。
見られないようにそっと、スーツを深くかぶった。
「来たみたいだな、行こう」
スーツの上から頭をポンと撫で、タクシーへと歩いていく八王子さん。
スーツを両手でキュッと掴みながら、小走りで後についていく。

