「まさか…」
私の目の高さで見える佐田君の唇が、微かな笑みをたたえた。
”はちおうじさん?”
ドキンー…!
肩が大きく跳ね上がり、目の前が真っ白になる…。
佐田君は八王子さんの名前を声に出さなかった。
けれど…
彼が言ったのは、確かに八王子さんの名前だった。
「……っ」
うつむいて唇をかみしめながら、ギュッと胸に手を当てる。
私は否定しなかった。いや…否定できなかったんだ。
きっと…佐田君にはもう、気づかれてしまった。
私が八王子さんと何らかの関係を持っていることに。
「…わかった」
佐田君はうつむいたまま、フッと口元を緩ませる。
「変なこと聞いて悪かったな」
そう言っているうちに、ホームに電車が入ってきて、私達の髪を大きく揺らした。
私が乗る予定の電車。ドアが開き、人の出入りで錯綜するホーム。
「……」
それでも私達の間には気まずい沈黙が流れ、人の動きに反してお互い立ち尽くしているだけ。

