突然降り始めた雨に傘を広げた途端、身を屈めて隣に滑り込んできた奴がいる。

「お、ラッキー」

 隣の席の調子のいい男子。いつも横から「ラッキー」と言いながら、私のお弁当をつまんだり消しゴムを勝手に使ったりする。呼び名はラッキー。私が呼んでるだけだけど。

 当たり前のように私の手から傘を奪って、当たり前のようにひとつの傘に一緒に入って、ラッキーは有無も言わさず歩き始めた。

 左手に持ってるそれは、折りたたみ傘では?

「ねぇ、ラッキー」
「ラッキーって呼ぶなっつってるだろ。犬じゃねーんだし」
「それはいいけど」
「よくねーだろ」
「どうして自分の傘ささないの?」
「スルーかよ」

 探るように見つめる私をじとりと見下ろして、ラッキーは吐き捨てるように言った。

「おまえに近づくために決まってるだろ。気づけよ」
「へ?」
「だーっ! つべこべ言わずに俺の女になれ!」
「はぁ!?」

 なに、こいつ。まとわりついてくる子犬かと思ってたら横暴な俺様?
 あまりの落差に呆然としていると、ラッキーは目を逸らしてふてくされたようにつぶやいた。

「いやならいいけど」

 そのしょんぼりした様子が、主人に叱られた犬みたいで、私は思わずクスリと笑う。

「いやじゃないよ」
「ほんとか?」

 途端にラッキーは嬉しそうな笑顔で私をのぞき込んだ。こんなストレートな感情表現はやっぱり犬だ。

「じゃあ、今日からおまえ、俺の女な」
「調子に乗るな。あんたこそ今日から私の犬だからね」
「犬じゃねーっつってんだろ!」

 ひとつの傘に肩寄せ合って、互いに小突きあいながら私たちは家路をたどった。