学校の近くにある、とても雰囲気のある喫茶店。
地元の人しか知らないような、小さな小さな喫茶店。

僕は、この喫茶店に週三回のペースで通っている。
コーヒーが美味しいから、それもあるが、
僕の目的はコーヒーを飲むことではなかった。

カランカラン。

ドアの上にアンティークな鈴がぶら下がっていて、
来客を知らせるように鳴った。

「いらっしゃいませ」

カウンターの中から、一人の店員さんが出てきた。

「今お客さまいないので、お好きな席どうぞ」

僕はいつも座る窓際の席にむかった。
外の景色がみえる、一番好きな席だ。

「ご注文は決まりましたか」

おしぼりとお水を運んできた。
君はにっこりと微笑んでいる。
もう、それだけで僕は幸せな気持ちになれる。

…気持ち悪いな、俺。

「アイスコーヒー…」

「アイスコーヒーですね」

君はカウンターの中に戻っていった。

いつもいつも…
今日こそは君に気持ちを伝えようと、
気持ちを固めてお店に行くが…
臆病者の僕は、口下手な僕は…
思いを伝えるどころか、
アイスコーヒーしか言葉に出来ていない。

情けない…。

「お待たせしました」

アイスコーヒーが運ばれてきた。

「あの…」

「…?」

「甘いもの、大丈夫ですか?」

「…はい」

「お店に出すレベルではないと思うんですけど、
クッキー焼いたんです。試食してもらえませんか?」

君はそう言って、お皿にのったクッキーを差し出した。
小さなお皿の上には、クッキーが何種類かのっている。

「ありがとう」

急に話しかけられた僕は、そう言うのが精一杯。
顔が赤くなってないだろうか…
顔中から、変な冷や汗が出てきそうだ…

君も恥ずかしそうに微笑んでいる。

「後で、感想聞かせてくれると嬉しいです」

赤くなった顔見せたくないから、
言葉は出さずに、大きく頷いた。

「ごゆっくりどうぞ」

君は、小走りにカウンターの中へ戻って行った。

僕はクッキーを見つめた。
なんか、気持ち悪いくらいに見つめた。

僕が話しかける前に、君は話しをしてくれた。
感想をうまく話せれば、仲良くなれるきっかけになれるのかな。なんとも、不純な思いが頭をよぎる。

さくん…。

クッキーを一口食べてみた。
甘さ控えめで、僕の好きな味だった。
実は、甘いものはあまり好きではなかった。
君が焼いてくれたと言う気持ちだけで、
クッキー全部食べてしまった。
試しに作ったものだろうけど、
僕にはサプライズプレゼント位嬉しかった。

カウンターの中でお皿を拭いている君。
マスターは、出掛けているようで君は一人。
カチャカチャと食器が重なる音、
時計の秒針がカチコチと動く音、
静かな店内なのに、音だけがうるさく響く。
僕はアイスコーヒーを全部飲み干した。

「あ、の…。すみません」

僕は、君に声をかけた。

「はい。お会計ですか?」

「いえ…」

「…」

「美味しかったです」

「え、あっ。クッキー全部食べてくれたんですね」

「はい」

「どれが美味しかったですか?」

「実は…甘いものは苦手なんです」

「えっ?そうだったんですか?」

「はい。でも、甘さ控えめで…。紅茶のが美味しかった」

「ごめんなさい…」

君は下を向いたまま。

「なんで?本当に美味しかったよ」

「そうです…か?本当に?」

「うん。また作ってよ」

「えっ?」

僕、なんか軽く告白してる?
顔がだんだん熱くなってくるのを感じる。

「はい。また作ってみますね」

考えすぎか…。軽い告白は気に止めてない。
君はふんわりと柔らかく笑った。
僕は彼女が好きなんだ。
笑顔をみた瞬間、改めて感じてしまった。

「ごちそうさま」

お会計を済ませて、お店のドアを静かに開く。

「ありがとうございました」

僕は、君からの思いもしないサプライズで、
もう胸がいっぱいだった。
女子みたいな僕に嫌気も覚えたが…

先週は、あれからお店には行かなかった。
行けなかった、と言ったほうが正しいのかな。
お店の前までは来てみたが…
ドアノブに手をかけ開ける勇気がなかった。


よし!今日こそは!
自分に気合いを入れ直した。
お店のドアノブに手をかける。

カランカラン。

「いらっしゃいませ」

カウンターの中から、君は出てきた。

「あ、こんにちは」

それが、僕の今は精一杯の言葉だった。

「こんにちは!お好きな席にどうぞ」

君は優しく微笑んだ。
僕は、いつもの窓際の席ではなく、
カウンター席に荷物を置き座った。

「今日は、いつもの場所ではないんですね?」

「ちょっと、君と話がしたくて…」

…ん?気持ち悪かったかな…思い過ごしかな…
君はニコニコしたまま、気にもしていないようだ。

「ご注文はどうされますか?」

「ア、アイスコーヒー」

緊張しすぎて、舌を噛みそうになった…
君はカウンターの中に入り、グラスを用意した。
アイスコーヒーを作り始めた。
僕は、ただそれをじっと見つめていた。

「ここのお店、働いて長いの?」

「えっ?」

あれ?急すぎたかな…

「雰囲気の良いお店だよね…」

話題を変えてみた。変か…もうわからない…

「ここ、親戚のおじさんのお店なんです。小さな頃から、良くおじさんのお手伝いに来ていたんです。高校に入ってから、本格的にコーヒーの事を教わって、今に至ります」

「そうなんだ…」

「このお店が大好きで、いつか私も、こんなお店を持ちたいんです。」

君は、目をきらきらさせながら話していた。

「アイスコーヒーお待たせしました」

机の上に、アイスコーヒーが出された。

「先週…」

君が何かを言いかけた。
アイスコーヒーにストローを指して、
君が話すのをゆっくりと待った。

「先週、一回しか来なかったから、私のクッキーがいけなかったのか考えてしまって…」

「ち、違うよ。ちょっと忙しくて」

「あ…良かった…クッキーを、無理矢理押し付けてしまったのかなとか思っちゃって」

「クッキー美味しかったよ!」

カウンターより、身を乗り出してしまった。
ちょっと恥ずかしくて静かに座った。

「あのね、いきなりこんなこと話すと、気持ち悪いかもしれないけど聞いてくれるかな?」

「は…い…」

アイスコーヒーを一口飲んだ。

「僕は、近くにある海南高校に通っているんだ。良くここを通るし、店の雰囲気も変わった感じだし、気になって入ってみたらコーヒー美味しくて。」

君は、頷きながら話を聞いていた。

「最初は、お店の雰囲気とかコーヒーが好きで通っていたんだけど、ある時から、そんなコーヒーを淹れてくれる君を目で追うようになっていて…一目惚れかな」

あ、固まってる…。気持ち悪かったかな。

「ストーカーとかでないよ」

余計に気持ち悪さ度アップしてしまったような…。

「私もかな」

い…ま…な…ん…て…?

「私もね、いつも同じ席に座って、同じものを注文するお客さんに興味があった。来る度に気になって、だんだんと話がしてみたいなって思うようになってきたの」

君は下を向いて、恥ずかしそうに話した。

「クッキー焼いたのも、お話しできるきっかけとなればって思って作りました」

「そうなん…だ」

「ごめんなさい!なんか不純ですよね」

「そんな事ないよ、君がクッキー出してくれたのが、話そうってきっかけになったし」

「お客さまが、そう言ってくれて良かったかな」

「あ、名前言ってなかったね。」

「はい…」

「僕は、梶尾秀哉って言います。海南の二年生」

「浦沢奈月です。今一年生です」

やっと君の名前がわかった…。

「浦沢さんでいいかな?」

「はい」

「まだ何も知らないけど、浦沢さんの事が好きなんだ」

「…」

「お付きあいとまでは行かなくても、友達として話がしたいかなと思うんだ」

「…」

浦沢さんは下を向いたままだ。

「お願いします」

「えっ?」

「お友達、お願いします」

浦沢さんは、顔を真っ赤にしてにっこり笑っていた。

「梶尾さん…梶くんて呼んでもいいですか?」

「え、何でもいいけど…」

「私は、友達からなつって呼ばれてるからなつで!」

もう、お客さまや君からは卒業。
名前を呼ぶようになれるんだ。
僕は嬉しかった!平常心を隠すのが大変だった。
やったーなんて言って跳び跳ねたい位嬉しかった。

「梶くん、今度はお店じゃないとこでお話ししたい」

「そうだね」

なつは少し考えていた。

「私、学校この辺じゃないの」

「そうなんだ」

「そう。だからどこがいいのかな」

「そこ、ちょっと行ったとこに公園あるの知らない?」

「うさぎ公園?」

うさぎのバネが付いた乗り物が、入り口にある公園なのでそんな名前が付いている。

「そう、うさぎの公園」

「わかった」

なんだか、デートっぽい約束をしている。

「コーヒーおかわり飲みますか?」

緊張して、喉がからからになり、
アイスコーヒーは既に飲み干していた。

「私のおごりです」

「ありがとう」

グラスをなつに渡した。
ふんわり柔らかく笑うなつ。
どんどん、なつ事が好きになっていく。
なつも、一緒だといいんだけどな…
なんて考えてしまう。

「はい。お待たせしました」

目の前にアイスコーヒーが置かれた。

「この前のね」

「何?」

カウンターの下から、小さなお皿を取り出した。

「甘いの苦手って言っていたから、甘くないクッキー作りました!食べて下さい!」

お皿には、黄色くて丸いクッキーが並んでいた。

「チーズ入っているんです。いつお店に来るかわからないから、毎日焼いていたら結構上手くなったかな?」

いたずらっ子のように笑う。
本当にかわいい。

「いただきます」

毎日焼いてくれていた、僕を待っていてくれた。
そんな気持ちがめちゃくちゃ嬉しい。

「うまい!」

「本当ですか?」

「本当、うまいよ」

「よかったぁ~」

「でも、この前のクッキーも美味しかったよ」

この前のも、今回のも僕を思って焼いてくれている。
まずいわけないじゃないか。

「嬉しいな~」

「また、何か作ってよ。試食するから。口下手だから、美味しいとか、うまいとかしか言えないけど」

なつは、笑っていた。
いつまでも、こんな風にずっとずっといられたら。
小さな恋は始まったばかりで、お互いまだ何も知らないんだ。