その日仕事が終わり何度も電話をかけようとしては手を止めた。
所長と接するようになってから、たまに色がチカチカと映るようになっていた。
そんな自分の変化を受け止められないでいる自分が居る。
そこにまだ変化をしようとしてる自分が怖くてたまらず、電話を切ってしまう。
『人殺しのお前が人を愛せるのか?』と、もう一人の自分が問いかける。
自業自得とわかっているが頭の中をドロドロとしたヘドロが流れ、心も浸食し始めてしまう。
『人殺しのお前を愛してくれる奴なんているのか?』と、尚も問いかけられる。
一つ一つ番号を間違えることなく押しては、消す。
自問自答した全ての問いに答えは出ない。
ならば、いっそうなるようになるのではないかと、自分に言い聞かせ透は再び携帯を手に取って画面を開けた。
一つ深呼吸をして番号を押して行く。
恋をする事がこんなにも番号を押して行く指を震えさすなんて思いもしなかった。
12桁の番号を押し発信を押そうとした瞬間、ディスプレイに知らない番号が映し出され、着信音が部屋に鳴り響いた。
透はこの仕事をしだしてから、知らない番号なんてよくある事だった。
依頼者がかけてきたりするからだ。

「はい、深海です。」
電話の向こうからは、何の音も聞こえない。
電波が悪いのかと、一度ディスプレイを見た。
十分な電波が確保されてるのを見て、もう一度電話の相手に声をかけた。
「あの〜もしもし?深海ですけど、どちら様ですか?」
けれど、返事がない。
「イタズラなら切りますね。」
そう言って通話終了を押そうとした。
「もしもし…。」
微かに電話の相手が声を出した。
慌てて携帯を耳に当てた。
「もしもし…?」
「あの…深海さん?」
透は気付いた。
気付いた途端、耳が熱を帯びた。
目の前が一気に色付いた。
「香椎さん?」
「はい…舞です。こんな時間に、急に電話して、ごめんなさい!」
「いや、それは構わないよ。でもどうしたの?あれ、僕の番号って?」
「叔父さんに聞きました。」
「そっか…。」
透は五十嵐さんが気を効かせてくれたのかなと、思った。
「あの…今度の日曜なんですけど予定ありますか?えっと、あっ彼女さんがいてるとか、奥さんがいてたりしますか?」
一気に早口で舞は透に詰め寄った。
透は舞の必死さと、突然の誘いに嬉しくなり言葉を詰まらせた。
「ごめんなさいっ!忘れてください。おやすみなさい!!」
嬉しさに浸っている場合ではなかった。
そう言って舞は一方的に電話を切ってしまった。
またも透は言葉を詰まらせた。
今度は全身の血の気が引いていく。
自分が黙っていたせいで、彼女を誤解させてしまった。
急いで折り返し舞に電話をかけた。
一回だけコールが鳴ると、慌てた様に舞は電話に出た。
「ごめんなさいっ!勝手に切って…私…何してるんだろう…。」
終始ため息交じりで言葉を紡いでいく舞を、透は素直に可愛いと思えた。
「いや、僕が黙ったから…えっと…奥さんも恋人も居ないです。日曜は何の予定もないです。だから…その…僕と映画行ってもらえませんか?」
「…はい。」
舞の声が弾んだ。
二人は待ち合わせ場所や時間を約束して電話を切った。

その後、深夜を過ぎても透はなかなか寝れなかった。
興奮して、頭の中はアドレナリン全開で眠る気になれなかった。
日曜まであと3日。
何を着ていけばいいのか、考えてもいい組み合わせが浮かばない。
そもそも女性受けするような服を透は持っていない。
明日仕事終わりで買い物に行こうと考えた。
午後からの映画だから終わった後はお茶でもするのか?
それともディナー?
なにも知識がない透にとって期待と不安が交互に押し寄せて来る。
ベットで寝転んだり、起きてリビングを歩きまわったりして、結局一睡もしないで仕事へと向かった。