黙ったまま透は舞の瞳を見つめた。
この感情がなんなのか知りたかった。
その視線に気付き舞も透を見つめた。
二人の間に沈黙が流れる。

「おいっ!?」

不意に入口から声をかけられた二人は同時に視線を声の方へと向けた。

「所長!?いつ戻られたんですか??」
入口に立っていたのは仕事を終えて帰ってきた所長の五十嵐だった。
「いつって…今やけど、なんでお前は舞と見つめ合ってるんや?」
関西弁丸出しでまくし立てる様に透に詰め寄った。
「そんな…見つめ合ってないですよ…。お友達の事で相談に来られたんです。」
透の言葉を聞くと五十嵐はズカズカと舞に向かって行き隣にどかっと腰を下ろした。
五十嵐は恰幅のいい体格で一見怖そうな顔をしていて話し方も関西弁。
なので、殆どの客は入口で五十嵐を見るなりUターンしてしまう。
五十嵐が経験の浅い透を雇ったのは、五十嵐と対象的な見るからに優しそうな外見を持っていたからだった。

「なんや、舞どないしたんや?」
「うん?もう大丈夫!深海さんに話したら楽になった。」
「深海!内容なんやってん?」
「あっはいっ!!」

一通り説明をすると五十嵐は舞に向き直り表情を一変させた。
「なぁ舞…ストーカーっていうのはな優しさじゃ塞がれへんのや。いっぺんその友達とここに来い!最悪な結果になる前に手を打たなアカン。それがストーカーや。わかったな?」
「うん…わかった。」
「よし!ほな、事務所閉めて御飯でも行くか!?」

透がこの小さな五十嵐法律事務所に働く事を決めたのは、偶然にも自分が殺してしまった五十嵐さんと同じ名前だったからだった。
初めは大手企業を探していたけれど、求人のリストを見ていて目が止まった。
周りからは当然の様に反対された。
こんな所じゃなくても…とか、なんで◯◯法律事務所じゃないの…とか。
けれど、透は面接の時に自分が決めたのは間違いじゃなかったのかもと思えた。
面接で会った時どことなく、あの人に雰囲気が似てる様な気がした。
優しそうな雰囲気を感じた。
名前も知らない、関係のない子供を気遣うほどの優しさ。
働いてみると、その雰囲気は間違いじゃなかったんだと透は思えた。
どんな人が来ても、どんな内容の相談にも相手に寄り添い話を聞いた。
透にとって五十嵐の行動はボランティアみたいに思えることも、しばしばあった。
何時間もかけて年寄りの愚痴に付き合ったり、迷い猫を探してという子供に付き合ったり…。
そのどれもが透には理解出来ないでいた。
けれど、その優しさを自分の中にも芽生えさせたいと思うようにもなっていた。
そんな時に舞と出会った。
自分の事ではなく友達を想い泣いた舞に…。
他人を思いやれる優しさは五十嵐に似ていると思った。
その日の食事に透も誘われた。
水入らずで…と、一旦断ったのだが、舞に強く誘われ断り切れなかった。
食事中たわいの無い事で笑い合う二人を見て家族ってこんな感じなんだろうなと透は思った。

「えっやだ…深海さん?どうしちゃったの?」
「えっ?」

舞に言われて、舞の表情を見て透は自分の頬を伝って行く涙の存在に気付いた。
自分自身驚きすぐに涙を拭った。

「透、なんや煙で目にしみたか!?」
「そうみたいです。」

機転を利かせてくれたのか、五十嵐の言葉で透は何事もなかったように食事を再開した。
どうして自分が泣いたのかわからない。
ただ家族とはあたたかいのだと少し思い始めた。