家に着いて玄関の扉を開けた。
こんな時間なのに、誰も居ない静まり返っている。
何も珍しい事ではない。
父親は仕事で忙しく家には年に数えるぐらいしか帰らず、殆どが不倫相手の家へと帰っている。
母親はそんな父親に反抗してるかのように、同じく不倫をしてる。
お互いが違う人と愛し合っている。
少年にとって夫婦とはそんな物だと思って育ってきた。
そんな環境で育ったせいか、人に心を開くのが苦手で愛情表現も苦手で小学校の高学年頃からイジメの対象になってきた。
少年は小学校と中学校と通して自分をイジメていた奴を殺してやろうと、あの家に行ったのだ。
なのに全く関係のない人を刺してしまった。

少年の世界に色はない。
とは言っても目に障がいがあるわけではない。
強いて言うならば心の病気だろう。
愛を知らない少年は愛された記憶がない。
そのせいかいつしか自然と少年の世界は色を失っていった。
何処を見ても、何を見ても全てが白黒に見える。
まるで初期のテレビの様だ。
なのにまぶたの裏に赤い色が離れない。
あの道を染めた赤と、花の赤。

少年は脱衣所で濡れた服を脱ぎ捨て、タオルを取ると二階にある自分の部屋に入った。
まだ手も足も震えている。
止めたくても止まらない。
裸のままうずくまる。
「五十嵐…。」
あのおじさんの名前を口に出した。
大丈夫…誰かに見つけられて今はもう病院にいるだろうと思った。
あの人なら自分のことは話さないだろうと思えた。
少年は自分のしたことを腹の底に沈めるようにしまい込んだ。
気になるは女の子の存在だった。
もしかしたら、あの子が何か話すかもしれないと思った。
でももう、今さら、あの場所には戻れない。
少年は立ち上がり服を着た。
明日は中学校最期の日。
少年はベットに潜り込み落ちる様に眠りに就いた。

朝になって目が覚めた。
時計を見るとまだ6時にもなっていなかった。
少年は頭を掻きながら一階へと降りて行く。
昨夜となんら変わらない部屋を見渡す。
「やっぱり…。」
少年は呟いた。
いつもの事だとわかっていても、今日は自分の中学校最期の日だから…と淡い期待をしていたのだ。
少年は玄関から外のポストに向かった。
ポストから新聞を取り家に戻る。
すぐさま玄関で新聞を広げた。
見落とす事なく端から端まで目を通す。
昨夜の事が記事になってないかと…。
するとすぐに下の方に小さく載せられている記事を見つけた。
《昨夜9時頃××町で胸部を刺された男性を発見。通報者は近所の主婦で泣き叫ぶ子供の声で家を出ると男性が倒れていたと、証言。男性は◯◯に住む五十嵐司さん36歳で病院に運ばれたが、間も無く死亡が確認された。警察は凶器となる物が現場にない事から、犯人が持ち去ったとし、殺人事件とし捜査を始めた。》
「死んだ…。」
少年はゆっくり目を閉じた。
自分が殺した。
けれど自首なんてしたくなかった。
こんな自分だけど、昨夜の出来事は神様がくれたのだと思う事にしたんだ。
アイツを殺そうと思った。思っていた。
けれど、そんな事してもなんの意味もない。
自分の人生を無駄にするだけだ。
人一人殺した今、どんな懺悔をしても報われない。
けれど、このまま捕まることがなかったとしたら…。
その時は人生を生き抜こうと思った。

少年はそのまま自分の部屋に戻ると鍵を閉めた。
卒業式にも出る事はしなかった。
中学校に行かなくなって二年。
ただの引きこもりだと決めつけた両親はダメ息子のレッテルを貼り付け少年を居ない物のように生活をした。
警察官僚の父親にとって少年の存在はもはや恥となっていた。
お互いを愛してるわけでもないのに、夫婦を続けるのは父親の顔を潰さない為だけだった。
仮面夫婦という言葉はこの二人の為に作られたと少年は思っていた。
いや、仮面家族だ。
世の中には血の繋がらない親子がいてるのに、血の繋がりがあるのに愛情を示さない家族もある。
少年は机に向かい引き出しを開けた。
タオルに包まれたソレは渇いて赤黒くなった血が少し付いたままそこにある。
僕もあのおじさんの子供だったら、いや他の親の子供だったら、こんな人生は送っていなかっただろうと思った。
少年はソレを引き出しの奥にしまった。