舞が就職した病院は透は居なくなってしまった場所の近くにある高台の病院だった。
数ある資料の中で一番心惹かれた場所だったのだ。
そこは、全ての病室から海が見渡せる心休まる場所だった。
働き始めてすぐの頃、一階のテラスに広がる花壇を整備するのに、近所の花屋がやって来た。
診察室から眺めていた舞は、一人の男性に目が止まった。
後姿で顔まではわからないが気になった。
「あの…先生。」
「なに?」
舞は上司である曽根木に窓の外を指さし聞いた。
「あの人は?」
「なぁ〜に?男前でもいたぁ?」
見た目は何でも出来る女性と相手に印象を与える美貌を持ちながらも、茶目っ気がある事ばかりを言う曽根木の事が舞は大好きだった。
「も〜違いますよ〜。」
「う〜ん、どれどれ。」
否定した舞の言葉は聞いていないかの様に曽根木は席を立ち窓際に居た舞のそばまで行くと、舞の指差す方向を見た。
「あぁあの子はダメダメ!」
そう言うと踵を返し曽根木は、また席に着いた。
「そんなんじゃないですって…ただ知ってる人似ていて…。」
「えっ本当?彼ここの患者なのよ。」
「あっそうなんですか…。」
「10年ぐらい前に此処に来たの…。」
なんだか胸が騒つく。
「それが名前も何も覚えていなくて…で、今は近所の花屋のご主人の所で居候しながら働いてるみたい。」
「警察とかは?」
「それが本人があまりにも嫌がるものだから、ご主人が面倒見るからって引き取ったのよ。こいつは俺の子だって…まぁあそこの夫婦には子供がいなかったからよかったのかもしれないわ…って何処行くの!?」
舞は曽根木が話終わる直前に診察室を飛び出した。
走っては行けない廊下を今までで一番思いっ切り走った。
この胸の高鳴りとざわつきは、あの後姿が彼だと教えてる。
記憶がなくてもいい、私を忘れててもいい。
もう一度始めればいい。
中庭に続く扉を開けた。
そこには間違いなく透が居た。
色とりどりの花に囲まれ頬を土で汚した彼がそこに居た。
舞の存在に気付き透がこちらを見た。
首の左側に火傷のような大きな傷跡があった。
「透…さん?」
透は舞を初めて見るような顔をし、舞を見つめた。
舞はゆっくりと透に近付いた。
しゃがんで作業をしていた透は花を置き作業する手を止めた。
透は近付いてくる女の子に不思議な感情を抱いた。
面識のない相手なのにもかかわらず、何故だか心が温かくなる。
舞は首に下げたチェーンを引っ張った。
シャラっと指輪が胸元から出てきた。
あの日舞に愛を捧げた指輪、警察にも誰にも言わず舞はずっと持ち続けていた。
透は立ち上がり手袋外した。
舞はチェーンから外して、透の手に置いた。
「透さん…。」
ズキンと頭が割れそうになる痛みがした。
瞬間幾つものページをめくるように映像が流れ出した。
映像のどの中にも今、目の前に居る女の子が笑っている。
あぁそうか…僕はこの子が大好きだったんだ。
透は渡された指輪を舞の左手薬指にそっとはめた。
透は舞を強く抱きしめた。
「ただいま。」
「おかえり。」

そうか…僕の帰る場所は此処にあったんだ。