目覚めた舞は病室の天井を見つめていた。
傍らには母親と叔父さんが居た。
舞の目が開いてるのに気付いたのは五十嵐。
「舞!!」
その声に疲れ果てた様にベッドサイドに居たみかさが立ち上がった。
「舞…よかった……。」
みかさは安心したようにしゃがみ込んだ。
「お前3日も寝てたんだぞ。」
舞はそれでも天井を見つめていた。
「…透さんは?」
小さな声で、舞は五十嵐に聞いた。
「いや…まだ…。」
「よかったのよ。舞、これでよかったの!」
みかさに言われ舞は頷いた。
そんな風に舞は思っていない。
ただ、母親の事を考えるとその方がいいんだと思えた。

それから一週間程で舞は退院した。
入院中は真木野が毎日の様に病室に来ては透の話を聞いてきた。
舞は何一つ漏らす事なく知っている透の事を話した。

退院した、その日、舞は透のマンションに足を踏み入れた。
警察が捜索したのか、ほんの数日前の部屋とは様変わりしており、雑然していた。
透の物が殆どなくなっている。
「ここに鍵あったのに…。」
舞はカウンターに置いたままで出掛けた透の鍵を思い出していた。
あの時は自分が鍵を持っているからと思ったけれど、もしかしたら透さんはもう、ここに帰ってくるつもりはなかったの?
失って、こんな想いするならプロポーズを素直に受け入ればよかった?
部屋の中を見渡すと、透との思い出があちこちに散らばっている。
部屋の真ん中に、しゃがみ込んだ。
あのキッチンで透さんと御飯作ったな…。
あのソファーで二人でコーヒーを飲んだ。
あのベッドで愛を交わした。
『舞…愛してる。』
耳元で透の声がした。
振り返るとそこに透の姿なんて、あるわけなく、絶望感だけが舞を包み込む。
舞は大声で泣いた。
「透さん、透さん、透さん!!!」
何度呼んでも、今までの様に優しく返事を返してくれる透は居ない。
「ごめんなさい…私……。」
舞は後悔の念に潰されそうになっていた。
玄関が開く音がした。
「透さんっ!?」
振り返ると、そこに現れたのは母親のみかさだった。
「舞、帰ろう。」
みかさは舞を包み込む様に支え家に連れて帰った。
家に帰る道程も帰ってからも、舞は何も話さなかった。
それどころか、夏休みが終わっても学校が始まっても人が変わってしまった様だった。
黙々と勉強ばかりをして進学の道を選んだ。
透の事があるまでは、漠然と未来の事を考えてた。
大学行って、卒業したら就職して…でも、今は夢が出来た。
カウンセラーになりたいと思った。
大きくて小さくても心に秘めた悩み事を聞いてあげれる人になりたいと…。
実際母親は父親が亡くなった時、カウンセラーに助けられたと話してくれた。
臨床心理士になる為には大学院に進まなくてはならず、金銭面で余裕はない舞は一回で入らなくてはならなかった。
五十嵐や母親は気にしなくていいと言ってくれたが、そこは迷惑はかけたくなかった。

季節は舞が何をしても、しなくても勝手に過ぎて行った。
けれど舞の心の中に透は一時も消える事なく色褪せる事なく存在し続けた。
母親に黙って定期的に警察に足を運び、透の行方を聞いていたが、何の進展を見せる事なく舞は高校を卒業した。
心配はしたものの、舞は見事一回で合格をして春からは大学院生となった。
大きな門をくぐると校舎までの道は歓迎してるかの様に桜並木が続いていた。
大学院生になってからも舞は毎日が忙しく過ぎて行った。
親元を離れ一人暮らしを始め、自宅と大学院とバイト先の往復となった。
いくらかの仕送りや、叔父さんらのお小遣いみたいな物は送られてはくるが、舞はその全てを貯金に回した。
数年があっという間に過ぎ去り、舞は8年後、無事に夢を叶えた。