それから程なくして二人は晩御飯の支度に取り掛かった。
取り掛かったと言っても買って来た惣菜を器に盛っただけだ。
折角のゆっくりできる旅行という事もあって今日ぐらいはいいだろうと、惣菜を買い込んだ。
ただ一つだけと舞はサラダだけ作った。
スーパーで買って来た惣菜にしては、お皿に盛っただけで豪華に見えた。
きっと舞のセンスもあるのだろうと透は思った。
テーブルには唐揚げやハムの盛合せなどのオードブルが並んだ。
「買って来たようには見えないね。」
「でしょ!?」
透がテーブルに着くと舞は両手にワインとグラスを持って来た。
「じゃーん!!」
「おぉどうしたの?」
「たまにはビール以外のもいいかなって思って。はい。」
舞はグラスを透に渡すと、ゆっくりとワインを注いだ。
深い赤色がワイングラスを満たして行く。
「いい香り…舞も早く飲めるようにならないかな。」
「今はまだこれでいいです。」
そう言って舞は透に向かい合う様に席に座り、オレンジジュースを飲んだ。
笑い合いながら御飯を誰かと一緒に食べれる幸せを当たり前に思いたくない。
ずっと、これからもずっと感謝して行きたい。
談笑しながら食事をしていると突然、透は椅子から立ち上がり舞の前まで行くと舞の手を取った。
「なに?どーしたの?」
何があったのと驚いている舞に透は片膝をついて、しゃがんだ。
「透さん…?」
「舞…僕にとって君はこの先も傍で笑って居て欲しい人なんだ。」
急に話始めた透の言葉に舞は表情を曇らせた。
「舞が卒業してからと思っていたんだけど、一日も早く僕の奥さんになって欲しい。」
舞の中で、もしかしてという疑惑は確信に変わった。
「もうすぐ来る君の誕生日に入籍しないか?」
「透…さん。」
「急かすつもりはないんだ。ただ僕は今も、この先も香椎 舞しかいらない。僕と結婚してくれませんか?」
そう言って透は舞の目の前に指輪を差し出した。
ケースの中の指輪は何も知らず、ただただ輝きを放っている。
舞の目から涙が溢れ出す。
それはもう、号泣と言っていい程の涙だった。
その涙に透は慌てた。
「舞…ごめん。急にこんなこと言って…でも僕の本心なんだ…。」
舞は黙って首を振った。
抑えていた声が漏れ出す。
「ち…違っ…。」
「えっ何!?」
小さな声を聞こうと透は耳を傾け澄ました。
「わ…たし…結婚…でき…ない。」
透は鼓動が止まった思いがした。
今、確かに舞の口から「結婚できない。」と、聞こえた。
Yesの言葉が聞きたかった。
やっぱりか…と、思考が停止する。
「な…なんで…?」
「お父さんを殺した人と結婚なんて出来ない!」
弱々しい声で断ったのに、今度ははっきりと強い口調で、迷いのない目を真っ直ぐ見据えて舞は言った。
「それは僕を嫌いって事?僕を憎んでる?」
舞の腕を掴む手に力が入る。
痛みに舞の表情が歪んだ。
「…透さん…痛い。」
「あっごめん。」
透は咄嗟に舞から離れた。
「透さん…私透さんの事嫌いじゃない。プロポーズ嬉しかった…。」
涙を流しながら舞は透に優しく言った。
「でも、やっぱり無理なの。一緒に居たいし、一緒に生きて行きたいと思った。けど、お父さんが許してくれない。そんな事したら、お母さんが悲しむ…私だけの想いを通すなんて出来ない…。本当は透さんが生きてる事さえも…憎まないと……。」
透は泣き崩れる舞を抱きしめた。
全ての愛を込めて…。
「舞…わかった。僕と舞は出会ってはいけなかったんだ。……別れよう。」
舞は顔を上げ透を見た。
「わかった時点で別れるべきだったんだ。ごめん。そんな勇気僕にはなかった。結果こうやって君を苦しめた。」
透は優しく舞の頭を撫でた。
「心配しないで。もうこの苦しみを君に与える事はしないから。」
「透さん…?」
「今日が君と過ごす最後の夜だ。今までと同じように過ごして欲しい。」
「わかった。」
透に顔を洗っておいでと言われ舞は洗面所に入った。


まさか透さんがプロポーズしてくると思ってもみなかった。
殺すつもりだったのに…決心は物の見事に砕け散った。
真っ直ぐに好きだと、大事だと言った透の言動は舞にとって幸せだと感じれた。
だからこそ素直に言うしかなかった。
嘘も言い訳も通じないと思った。
舞は思いっ切り顔を洗うと鏡の自分を見た。
これでいいよねと自分に言い聞かせた。
全て断ち切ればいいんだと言い聞かせた。


舞の気持ちが痛かった。
こんな人間でも舞はちゃんと愛してくれていたんだろう。
舞の立場になれば自分には出来ない事だなと改めて思った。
透は洗面所に舞を行かせると、念の為に持って来ていたパソコンを開けた。
データを確認すると送り相手を確認し、一斉に送信ボタンをクリックした。
時間指定をして今から10分後に送信される。
これでいい。
初めから、こうするつもりだった。
いや、舞と出会う前にしとけばよかったんだ。
自分の愚かさに透は笑った。
透は洗面所に入った舞を見つめた。
ドア越しに見えない舞を見つめた。
透は車の鍵を手に取ると静かにコテージを出た。