妻の病室を後にした。
まだ5歳の娘の手を引いて外に出た。
外は強烈な雨。
男は娘に持って来ていた小さな子供用の傘を持たせ、娘を抱きかかえ自分の傘を差し家路に着く。
「パパ…赤ちゃんには、いつ会えるの?」
「そうだな。夏が終わる頃かな。その頃にはお姉ちゃんだな?」
「うんっ!赤ちゃんに会ったら一緒に遊ぶの。」
無邪気に言う娘の言葉に男は微笑んだ。

少し歩いただけなのにズボンの裾は膝まで濡れている。
少しでも濡れないようにと上着で娘を包んだが、その上着も雨を含んでいた。
「パパ雨凄い音だね。」
「あぁ凄い土砂降りだ。ん?」
男は一瞬何かに気をとられた。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない。」
男は娘に嘘をついた。
男が目にしたのは、こんな雨の中だというのに傘もささず一軒の家の前で立ち尽くしている少年を目にしたからだった。
思わず見入ってしまう。
何故だか目が離せなかった。
ゆっくりと歩みを進める。
幸い雨が足音を消してくれていた。
「少し黙ってるんだ。いいな?!」
「…うん。」
少年の顔が確認出来る距離になって足を止めた。
車の物陰に隠れた。
よく見ると口元が動いている。
少年は時折何か独り言を言っていた。
男は耳を澄まし聞こうとしたが、雨がそれを邪魔する。
少年は背負っていた鞄を下ろし中から何かを取り出した。
街灯の光に照らされソレが刃物だとわかる。
男はこれはいけないと思った。
止めなくてはと…。
娘を下に降ろし小さな傘を差させた。
「ここで待ってなさい。パパが良いと言うまで、絶対に動いちゃダメだ。わかったな?!」
父親のひそめた声色に娘は頷いた。
男は携帯を取り出し娘に渡した。
「何かあったと思ったら110番して、おまわりさんに来てもらうんだ。いいな?」
「パパ?」
「パパは大丈夫だから。」
そう言って男は娘の小さな頭を撫でた。
そして駆け足で少年の元へと駆け寄った。