あれから何度もディスプレイに出る深海 透の文字を見ては携帯を伏せている。
何度も何度も携帯は深海さんからの連絡を知らせている。
けれど、どうしても電話に出れない。
メールを開けても返信を押せない。
声を聞いてなんて答えればいい?
メールの文面はなんて書いたらいい?
深海さんがお父さんを殺したの??
聞いたところで、どんな答えを聞きたい?
あの日から毎日普段どおりの生活。
学校行って、バイトして、バイトが休みの日は友達と寄り道して…。
ただ深海さんが居ないだけ…。
このまま離れていくのがいいのかもしれない。
そしたら、なにも知らないまま忘れていけるのかもしれない。
でも…。
お父さんは?生まれて来なかった赤ちゃんは?
お母さんは?…私は?
考えた分だけ真っ暗な部屋に一人残される。
直接聞けば楽になる?
もし深海さんがYesと言えばどうする?
Noと言えば終わる。
この関係も全て終わる。
深海さんを失いたくない。

舞は自分の部屋でベッドに横たわり、ゆっくり目を閉じた。
夕日が差し込む部屋で、真っ暗な世界になる。
耳に残るあの鈴の音。
ゆっくり目を開けて天井を見た。
透の自分を見る顔を思い出す。
こんな状況で、こんな気持ちがグチャグチャなのに透に会いたい想いは明確だった。
憎む相手かもしれないのに、こんなにも好きでたまらない。
「お父さん…。」
あれから、何度も舞は空に向かって父親を思った。
返事の返って来ない質問ばかりを投げかけている。
舞はもう一度目を閉じた。
今度はグッと強く目を閉じた。
そして勢いよく飛び起き机に置かれた携帯を手にした。
着信履歴を開き深海 透の名前をクリックした。
番号が出て下に発信の文字。
舞は深呼吸して発信を押そうとした。
瞬間ディスプレイが変わり着信を知らせる表情と共に、深海 透を名前が浮かんだ。
透からだと知らせる指定したラブソングが部屋に鳴り響く。
舞は電話に出た。
「もしもし…。」
「舞?…やっと出た。」
久しぶりに聞く透の声に舞は不覚にも胸が高鳴った。
「ごめん…ちょっと体調悪くて…。」
咄嗟に嘘を付いた。
「やっぱり…そうじゃないかと思ってたんだ。大丈夫?」
「うん。もう…平気。」
舞は泣きそうになる自分を必死に我慢した。
恐怖からじゃない。
ただただ透が愛おしくてたまらなかった。
「舞…?泣いてる?本当に大丈夫?」
電話から聞こえる透の声がたまらなく愛おしい。
「……たい。」
「えっ?」
我慢出来ずに涙が溢れる。
「会いたいっ!!」
「……!?」
「いますぐ会いたいよ…。」
舞はそう言って電話を切った。
もう我慢出来ずに声を出して泣いた。
透が例え人殺しでもいい。
父親を殺した相手でもいい。
ただ、透を愛してしまった。
舞は突き動かされた様に立ち上がり階段を駆け下り外に出た。
後ろで自分を呼ぶ母親の声がしたけれど舞は走り出した。
今の時間ならまだ、叔父さんの事務所かもしれないと舞は思った。
汗が頬を流れる。
息が上がる。
けれど、構わず走った。

事務所の階段を止まる事なく駆け上がる。
勢いよく扉を開ける。
驚いた顔で五十嵐は舞を見た。
「お…おじ…さ……ふか…さんは?」
「なんや…どうした?」
息が上がって上手く話せない。
「……深海さん…どこ?」
「深海なら、さっき急いで出て行…っておいっ!舞!」
舞は五十嵐の言葉を最後まで聞かず、また走り出した。
腕時計を見ると午後5時3分を指していた。
たった3分ですれ違った。
舞は自宅に引き返した。
突発的に飛び出した舞は携帯を忘れて出てきた。
連絡取る為にも一度帰った方がいい。
舞は何度も心で透の名前を呼んだ。
早く会いたい。
会って名前を呼んで欲しい。

「舞っっ!!」
不意に名前を呼ばれ舞は足を止めた。
声の方向を探しキョロキョロとした。
もう一度声がした。
道路を挟んだ向こう側から…。
数台のトラックが走り姿が見えた。
そこに汗だくで自分と同じ様に息を切らした透が居た。
存在を確かめ合った二人は弾かれた様に交差点へ走り出した。
透は左へ、舞も左へ。
それでは会えないと直ぐに気がついた透は
「そこに居て。僕が行くから。」
そう言って走り出した。
舞は目で透を追った。
信号渡り透がこちらに向かって走って来た。
舞は我慢出来ずに動き出した。
二人は距離をとって向かい合い止まった。
車が行き交う音も雑踏も、なにもかもが消える。
まるでこの世に二人しか存在してないかのようだった。
黙ったまま二人は見つめ合った。

「舞…。」
沈黙を先に破ったのは透だった。
二人とも汗だくでグチャグチャだった。
舞はそれに加えて涙でもっとグチャグチャになっていた。
「舞…僕は…。」
透は唾を飲み込んだ。
舞は息を飲んだ。
「僕は…君の…。」
透の目から大粒の涙がボロボロと溢れる。
「君の…お父さんを……。」
透はグッと目を閉じた。
握られた手に力が入る。
「もういいっ!」
「…………!?」
「…私は……」
舞は一歩一歩と透との距離を詰めた。
「私は…透さんが好き。だから…もういい…。」
舞はそっと透の頬に触れた。
舞の手に透の涙が触れた。
「でもっ…僕は君のお父さんをっ!!」
「わかってる。だって気付いちゃったんだもん…あの鈴、あの日もつけてたでしょ?」
透は頷いた。
「音…忘れたことなかったの。でも、お父さんにもお母さんにも悪いけど…私、貴方を失いたくない。だって…そっちの方が何倍も苦しいんだもん。」
透は目の前で子供の様に泣き出した舞を抱きしめた。
泣きじゃくる舞を強く強く抱きしめた。
舞は透の腕の中でやっと気持ちが落ち着いた事に気付いた。
透は舞を話すと両手で舞の顔を自分に向けた。
「僕も舞を愛してるんだ。でも、こんな事許されないことだ。」
舞は力一杯、首を横に振った。
聞きたくないと言わんばかりに耳を塞いだ。
「舞っ!舞聞いて。」
透は舞の手掴んでおろした。
「やだぁ。聞きたくない。」
「それでも…舞のそばに居たい。許されなくても君と一緒に…。」
その言葉を聞いて舞は透に抱きついた。
そして何度も頷いた。
「いいよ。一緒に居て。ずっとそばに居て。」
「舞…愛してる。」
耳元で囁かれた愛の言葉は舞の中の罪悪感を拭い去った。
一時的な事はわかっている。
また時間が経てば、日にちが経てば芽生える罪悪感。
けれど、透が居るならそれだけでいいと心から思えた。