約束の日の約束の時間。
透は早く待ち合わせ場所に着いてしまった。
約束の時間まで、まだ一時間もある。
昨夜は緊張なかなか眠れなかった。
気づけば朝日が窓から差し込んでいた。
ベッドから出た透は、キッチンでコップ一杯の水を一気に飲み干した。
それからシャワーを浴びた。
支度を終えてソファに腰掛ける。
テーブルに置かれたタバコを手に取り火をつけた。
深く腰掛け天井を見る。
今日は勝負の時だと透は思った。
きっと相手も自分に好意を持ってくれている。
だから尚更失敗は出来ない。
昨夜は念入りにシュミレーションをした。
思い描いた通りに進んでくれればいいと願った。
透はタバコを灰皿に押し付ける様に消すと立ち上がり、ジャケットを取り、カウンターに置いてあった鍵を手に取ると玄関に向かった。
鍵をかけポケットに鍵を入れようとすると、鈴が鳴った。
子供の頃から家の鍵につけてきた木の鈴。
透を唯一可愛がってくれた祖母がくれた木の鈴。
あの雨の日にも鍵にはついていた。
何度も外そうとしたけれど、忘れない為につけてきた。
透は一瞬止まり手の中の鈴を見た。
透には、その鈴の音が行くなと言ってるように感じた。
幸せになるつもりなのか?と聞かれてるように思えた。
けれど、頭を振りそれらを払うと、すぐに鍵をポケットにしまった。
電車を乗り継ぎ待ち合わせ場所に着いてからは、その場所が見えるカフェに入りコーヒーを頼んだ。
席を探し店内を見渡すと店内の端の方に舞が座って本を読んでいた。
透はこの偶然を奇跡だと思えた。

「あの…ここいいですか?」
「あっはい…どうぞ…っ!深海さん!?」
慌てる様に本を閉じ顔を上げた舞は透を見て、更に慌てた。
「君も早くきたんだね?」
「あっはい。30分前ぐらいに着いちゃって…。」
そう言うと恥ずかしそうに俯いた。
透は自分よりも更に先に着いてた舞を可愛いと思った。
「僕も早く着いちゃって…。」
透はそう言って舞の向かいに腰を下ろした。
それから二人はたわいない話をした。
舞の読んでた本はなんだとか、食べ物は何が好きとか、好きな色、好きな時間、好きな物。
透は一つ一つ答えていく舞の表情を見逃さないよう目を逸らせなかった。
どんな舞も見ていたかった。

「そういえば、この間の友達…どうなった?ストーカーみたいなのはどうなった?」
「えっ?」
「いや、だから君が最初相談に来た…」
「あっあぁ…それはもう大丈夫です。引越ししちゃったから。」
「そう、ならいいんだけど…。」
今の間は変だと透は思った。
「あっもうこんな時間…映画始まっちゃいますよ!」
空気を変える様に舞は席を立った。
舞に腕を引かれ透も立ち上がる。
空になったカップを片ずけ二人は映画館に向かった。

映画はお決まりの様な恋愛映画を選んだ。
席に着いて透は横を見た。
さっきの店よりも距離が近い。
よく見ると、少し化粧をしている。
透は化粧をしている舞も可愛いけれど、何もしていない舞の方が好きだと思えた。
透があまりにも凝視していたせいか、照れた様に舞は透を見た。
不意に目が合い透は慌てた。
「あっごめん!」
咄嗟に謝る。
「なんで謝るんですか?そんなに見られてたら恥ずかしいです。」
舞は笑いながら言った。
「いや、今日は化粧してるんだと思って…。」
「変?」
舞は不安そうに透に問い掛けた。
「いや、可愛いよ。でも、僕は何もしていない君の方が好きだ。」
透の真っ直ぐな言葉に舞はたまらず俯いた。
と、同時に館内の電気が消えた。