「さてと。朱音さん」
見えなくなってから、振り向いた。
朱音は凛とした面持ちで露李を見返す。
「準備はいいですか?」
「ええ、お願いしますわ。あの、やり方は…」
「何となく分かる気がしてるんです。ちょっと、この感じに慣れないけど」
「貴女は本体ですから、いつでも神としての貴女の力を呼び出すことが出来ますの。心を保っていれば大丈夫ですわ」
「はい。…では」
髪飾りを外す。
後ろに控えた結にそれを手渡し、露李は朱音に手をかざした。
鬼の姿に変わると、金銀の光が露李を取り巻いた。
「【風花姫・露李の名において授けよう。この者に新しい生を与えよう】」
言葉が流れるように出てきた。
少し驚きながらも続ける。
「【名を、茜。この者を世界の理の一つに】」
ざあっと木々が揺れた。
くちなしの花と桜の花が朱音を包んだ。
彼女そのものが花びらになっていくように、朱音の姿がほろほろと風に飛んでいく。
日に照らされ、沢山の花びらが舞う。
くちなしの花が雪のように飛んでいた。
「露李姫、ありがとう。さよなら──」
朱音の姿が消える直前。
「朱音さん」
露李が唐突に呼び掛けた。
「“神”として干渉できないなら、私は“露李”として世界を良くするつもりです」
朱音が目を大きく見開いたところで、全ての花が風に乗って飛んだ。
あとには何も残らない。
そこに朱音がいたということさえ、無くなってしまったかのように、露李と守護者、水無月が佇んでいた。


