「じゃ、話そう」
笑いかけて宣言すると、すっとその場が静まる。
「えー…何この感じ、話しにく。まあ別に聞かれたくないことでもないけど」
再び顔をしかめ、露李に向き直る。
「秋雨君たちは知ってるよね。…じゃあ言うけど、俺の家は秋篠。まず俺は小さな頃から一番力が強かったし、髪の色が違うことから神聖視されてた。たぶん夏焼家への憧れが強かったんじゃないかな」
「同じ四家なのに…?」
不思議そうに聞き返した露李に頷き、何か思い出す仕草をしてからまた話しだす。
「んー、そうだね。花姫は群を抜いて強かったみたいな文献が結構あって…なんか一人、秋篠の姫がそういう日記を残してたみたいで、その影響だと思うけど」
ああなるほど、と皆が納得した顔をした中で──一人、顔を赤くした者がいた。
「朱音さん?」
着物に顔を隠すようにして朱音が何かボソボソと呟いた。
水無月が苛立ちを露にしてその方向を睨みつけた。
「何。ウジウジした女は嫌いなんだけど」
「いやお前、露李以外の大概は好きじゃねーだろ」
「そんなことはない。露李に関連する者ならもう少し丁重に扱っている」
結の突っ込みにすかさず反論するが、守護者たちが揃って疑わしそうな顔をするので水無月は目を逸らした。
「丁重の定義って何だ…?」
「大丈夫だぞ疾風。その感覚間違ってねぇよ」
何やら呆れて呟く二人を一瞥してから、水無月は目を戻した。
「で、何?」
恐ろしく冷たい眼差しに怯えながら、朱音は唇を薄く開いた。
「その…文献はきっと、大方は私が書いたものですの」
「はあ?」
「氷紀、怖い顔しないで。そんな沢山の書物を書かれたんですか?」
「はい。…代々、頭領になる者が文献を残していたので」
水無月の表情から、またお前かよ、と思っているのがありありと分かる。
露李は苦笑して彼の袖をまた引っ張った。
「氷紀、続けて」
「ああ、うん。文献の内容は後で話すからね。そう、それで鬼は人間とは違う秀でた能力があるから、大体は隠れて生きているんだよ。長寿だし、見た目も変わりにくいから怪しまれちゃうからね」
そこまで聞いて、露李はふと考えた。
神影家は様々な血が混ざった家だったため、光の色もそれぞれ違う。
髪に栗色が入っているのは夏焼から分岐したということなのかもしれないが、それにしても何かひっかかる所があった。
容姿が変わりにくいという点は、神影家は存続していない。
いれば偶然というレベルだったが。
しかし一人、例外がいた。
「秋篠家は本家以外にも全国各地に屋敷を建てて、何年かごとにそこを転々としてたらしい。俺はよく知らないけど、人間たちが死に絶えていくサイクルで住むとバレにくいみたいだよ」
「ああ、代替わりだね」
「そうだ、大地。まあ、屋敷はそこまで人里に近いわけじゃなかったけどたまに人が迷い込んでくるみたいだった。そして、俺は引っ越しが近くなった日に露李と出会った」
「氷紀はあそこで何をしていたの?」
「やっぱり隠れて生きてるものだから、神影家があるなんて知らなかったんだ。俺は強かったし自由に外を出ることが出来たから、引っ越しの準備は人に任せて歩き回ってた。そうしたら、泣いている露李と会ったんだよ」
水無月の優しい眼差しに、露李は昔を思い出した。
得体の知れない力を出現させて仕置きを受けたあのとき、唯一優しくしてくれた人が水無月だった。
露李の世話係は成長すればするほど冷たくなっていった。
初めは悲しくて泣いていたが、彼女たちが少しでも優しくすると祖母や他の親族に厳しく叱られていたのを知ってからは、泣くことも諦めた。
優しく扱おうとすればするほど叱られる彼女たちが、次第に露李を疎ましく思うようになったからだ。
そして、仕置きに耐えて感情を殺した。
「酷い仕打ちを受けていた露李に、俺は剣術を教えた。一緒に遊んで─そして、度々辛い記憶を吸い取った。やり方なんて知らなかったけど、できたんだ」
そこは聞いていたので誰も口を挟まなかった。
露李は神妙に聞いていた。
「露李が鬼の姿を顕現させて走ってきたとき、俺は何があったのか聞かなかった。追っ手がいたから。そして立ち向かおうと俺も力を解放したら──」
ババアに捕まった、と苦々しげに締め括る。
「俺は子供で、あいつの方が一枚上手だった。気がついたら牢にいて、抵抗するほど締め付ける鎖をつけられて、俺は監禁された。気を外に出さないための術式も張られていて、ずいぶん弱った頃に、有明のババアが現れた」
宵菊たちがじっと水無月を見つめた。


