「逢魔ヶ時、という言葉を知っているか」
「はい、言葉だけは」
字面が少し怖いという印象で知っていた。
露李も、里で夜間の外出を取り締まる際によく聞いていた。
「昼と夜の境目の夕方。元来、人間とは違う並外れた力を持つ我々は、あまり昼日中に姿を現すことはなかった。しかし、夜に出歩くのも鬼にとっては危険だった」
「それは…なぜですか?」
「夜は人間の黒い感情が募りやすい。露李姫、この世で一番怖いのは、感情だ。際限なく強くも弱くもなる。そしてそれらは──邪気を生み出す」
ああ、と合点がいった。
邪気は人間たちには見えない。
それに比べて見ることのできる鬼は、見られる故に邪気の影響を受けやすいのだろう。
「もし我ら鬼が影響を受け、乗っ取られてしまえば取り返しがつかないことになる。強い者は影響を受けにくいが、鬼の世界にも力の強弱は存在する」
「ああ、だから魔に逢うって書くんですね」
「そうだ。しかしながら露李姫、それだけではない」
「他にも由来が?」
「そうだ。重要なのはこの言葉を“人間が作った”ということ」
「魔は、邪気に乗っ取られてしまった者だけではないと?」
「ああ。その言葉は、悪鬼と化した者を粛清する鬼にも当てはまる」
露李は息を飲んだ。
なんて悲しいのだろう。
自分が鬼だと分かったときの嫌悪感──それが、全ての答えだった。
「私たちも彼らにとっては敵となった、ということですね」
「ああ、そうだ。鬼が力を使うとき、目の色が変わる。夏焼なら金色だ。それだけでも禍々しく見えただろうな」
「では…夕方に力が強くなるというのは、そういった習慣が関係しているのですか」
「露李姫や水無月は背景を知らない。だが朱音は、花姫が人間に殺されかけたことを随分と恐れていた。その恐れがあの子の力に関わっているのだろう……弱ってしまった今では自分の力も十分に出せないだろうからな」
秋雨が少し俯き、露李は口を閉ざした。
しばらくして、水無月を振り向く。
「兄様」
「何かな、露李」
「今…朱音様はどうしてるの?」
水無月がくすりと笑い、仕方ないなあと溜め息をついてみせる。
「酷く怯えてる」
「おい、水無月!」
結が非難の声をあげるが、それを文月が抑える。
「行くんでしょ、露李ちゃん」
何もかも見透かされているようで、露李は困ったように笑った。


