「…良かったです」
知恩がふと声を洩らした。
「え?」
露李が首を傾げる。
日が暮れるときの、オレンジ色の光が周囲を包んでいる。
陰が長い。
橙の陽光は露李の滑らかな栗色の髪を、より神秘的に縁取っていく。
「ここへ来たばかりの露李先輩─とか言いつつまだ二日目ですけど、ずっと無表情でしたから」
「…私、笑えてなかったのかな」
巫女の里では、感情を表に出すこと同様、笑みを絶やすこともご法度だ。
それにかけては露李も劣等生で、他に比べてすぐに思っていることが顔に出てしまう性質だった。
「いえ、笑っていなかった訳ではないんですよ」
よく分からない、と言いたそうな顔で知恩を見返す。
「先輩の笑顔は上品すぎるんです。もっと露李先輩でいたらいいのに」
「私で?」
幼い頃の、苦い思い出がツキンと胸を刺した。
「すみません、つい偉そうなことを言ってしまいました!」
「ううん、いいの」
露李の刺されたような表情。
何かを抉ってしまったかもしれない。
知恩は後悔して俯いた。
二人して俯いているのは奇妙に映ったらしい。
不思議そうな顔をして前を歩いていた──否、言い合いで歩調が速くなっていた朱雀と水鳥が戻ってきた。
「随分暗い顔してるな、どうかしたのか?」
「静、てめぇ姫様に何かしたんじゃねぇだろうな?」
何か。
知恩が困ったように眉を下げる。
「ううん、何でもないの。ただ今日はちょっと疲れたから」
露李が一歩前に踏み出して口を開いた。
「静君に移しちゃったみたいで」
二人とも納得していないのは明白だったが、少し経って溜め息をついた。
「お前は、また」
朱雀が呆れた顔で露李を見る。
「俺にはそんな風には見えねぇけどな」
水鳥は前を向き、肩越しにそう言った。
少しは信用しろよなんて言えたものではない。
あんなことをしてしまったのだ。
そんなことを思うとどうにも歯痒くなった。


