***
泣き声が聞こえる。
まだ幼い少女の泣き声だった。
何だか胸を締めつけられるような感覚で、露李は目を開けた。
しかし、そこは見慣れた部屋の風景ではない。
自分は何をしていたのか、と記憶を呼び出すと、頭が酷く痛んだ。
「そうだ、私……」
そう呟いてから、周りを見回す。
またかと文句を言いたくなるような光景にげんなりしてしまった。
最近の自分は気を失ってばかりのようだ。
露李が今いる場所──屋敷の縁側は、かつての有明邸とも似ているし、神影神社の屋敷にも似ている。
未琴の術で眠らされているときに見た、霧氷との逢瀬で訪れた場所だった。
空気は暖かく、冬ではないようだ。
四季の花が庭に咲き誇り、優しく鮮やかな色彩が目に飛び込んでくる。
「あー…また皆に迷惑かけて」
とりあえずは出口を探そうと立ち上がる。
なぜか自分が着ているのは学校の制服だった。
それにも首を傾げながら、まあ大体は朱音辺りの仕業だろうと検討をつけ、服などどうにでもなるだろうと納得することにする。
泣き声の正体も気になるが、この声はどこかで泣いているというよりも空間全体に響いているもののようなものだった。
さらりと自分の髪が風になびき、目を細める。
出口を探すと言っても心当たりなどあるはずもなく、立ってすぐに途方に暮れた。
──屋根に上って、ここの構造を見てみようか。
ふとした思いつきに頷いて、身体を跳躍の姿勢に整えて地面を蹴りあげる。
そう力を入れずとも屋根の上に着地し、一息をついた。
──鬼の力って便利だなあ。
そう思えるようになったのは守護者や水無月、海松たちのおかげだ。
だからこそ早く帰らなければと辺りをきょろきょろ見回す。
しかし、何一つ分かることはなかった。
「家の周りは、白い靄」
失望して独りごち、また次の行動を考えあぐねる。
どうもこの家だけが自分の意識の中に造り出されているようだ。
「どうせ朱音さまなんだろうけど~っ」
もどかしい思いに駆られて壊れない程度に瓦を蹴る。
本当は暢気にしてはいられない状況なのだが、打開策が何も見つからない。
また溜め息をつき、ふと感じた気配に身を固める。
「誰?」
そう問いかけると、桜吹雪と共に黒髪の女が現れた。
朱音だった。
「どこに行ったのかと思いましたわよ、露李姫」
「朱音様──」
一応膝まづくが、顔だけは下げない。
「落ち着いてますのね。普通はもう少し混乱するものでなくて?」
「あいにく、ここには二度ほど訪れたことがございますので」
「あら、どうして?」
「貴女ほどのお方ならご存知なのでは?霧氷の念が私の意識に干渉したとき、そして有明様のお屋敷がここに似ていました」
答えると朱音は意外そうな顔をした。
その反応に露李も怪訝な表情を浮かべる。
「あら……まあ、扇莉と霧氷が。それは、本当に」
「それはどういった意味でしょうか」
露李の問いに朱音は一瞬だけ俊巡し、ふいと横を向いた。
「厳密には、ここは同じ場所ではありませんの。ですから、ほら。造り出した人が違いますでしょう」
ああ、と理解したが、そこに拘る意味が分からなかった。
「そう…皆、ここが好きだったということですのね」
「え?」
「何でもありませんわ。そう、貴女はここを知っていますのね」
「はい」
朱音の意図が見えず、困惑する。
泣き声が聞こえる。
まだ幼い少女の泣き声だった。
何だか胸を締めつけられるような感覚で、露李は目を開けた。
しかし、そこは見慣れた部屋の風景ではない。
自分は何をしていたのか、と記憶を呼び出すと、頭が酷く痛んだ。
「そうだ、私……」
そう呟いてから、周りを見回す。
またかと文句を言いたくなるような光景にげんなりしてしまった。
最近の自分は気を失ってばかりのようだ。
露李が今いる場所──屋敷の縁側は、かつての有明邸とも似ているし、神影神社の屋敷にも似ている。
未琴の術で眠らされているときに見た、霧氷との逢瀬で訪れた場所だった。
空気は暖かく、冬ではないようだ。
四季の花が庭に咲き誇り、優しく鮮やかな色彩が目に飛び込んでくる。
「あー…また皆に迷惑かけて」
とりあえずは出口を探そうと立ち上がる。
なぜか自分が着ているのは学校の制服だった。
それにも首を傾げながら、まあ大体は朱音辺りの仕業だろうと検討をつけ、服などどうにでもなるだろうと納得することにする。
泣き声の正体も気になるが、この声はどこかで泣いているというよりも空間全体に響いているもののようなものだった。
さらりと自分の髪が風になびき、目を細める。
出口を探すと言っても心当たりなどあるはずもなく、立ってすぐに途方に暮れた。
──屋根に上って、ここの構造を見てみようか。
ふとした思いつきに頷いて、身体を跳躍の姿勢に整えて地面を蹴りあげる。
そう力を入れずとも屋根の上に着地し、一息をついた。
──鬼の力って便利だなあ。
そう思えるようになったのは守護者や水無月、海松たちのおかげだ。
だからこそ早く帰らなければと辺りをきょろきょろ見回す。
しかし、何一つ分かることはなかった。
「家の周りは、白い靄」
失望して独りごち、また次の行動を考えあぐねる。
どうもこの家だけが自分の意識の中に造り出されているようだ。
「どうせ朱音さまなんだろうけど~っ」
もどかしい思いに駆られて壊れない程度に瓦を蹴る。
本当は暢気にしてはいられない状況なのだが、打開策が何も見つからない。
また溜め息をつき、ふと感じた気配に身を固める。
「誰?」
そう問いかけると、桜吹雪と共に黒髪の女が現れた。
朱音だった。
「どこに行ったのかと思いましたわよ、露李姫」
「朱音様──」
一応膝まづくが、顔だけは下げない。
「落ち着いてますのね。普通はもう少し混乱するものでなくて?」
「あいにく、ここには二度ほど訪れたことがございますので」
「あら、どうして?」
「貴女ほどのお方ならご存知なのでは?霧氷の念が私の意識に干渉したとき、そして有明様のお屋敷がここに似ていました」
答えると朱音は意外そうな顔をした。
その反応に露李も怪訝な表情を浮かべる。
「あら……まあ、扇莉と霧氷が。それは、本当に」
「それはどういった意味でしょうか」
露李の問いに朱音は一瞬だけ俊巡し、ふいと横を向いた。
「厳密には、ここは同じ場所ではありませんの。ですから、ほら。造り出した人が違いますでしょう」
ああ、と理解したが、そこに拘る意味が分からなかった。
「そう…皆、ここが好きだったということですのね」
「え?」
「何でもありませんわ。そう、貴女はここを知っていますのね」
「はい」
朱音の意図が見えず、困惑する。


