「こんにちは、露李がいつもお世話になってます。兄代わりの水無月と言います、よろしくね」
本心では絶対によろしくしたくないだろう水無月は、彼の本性を知っている者には明確に分かる、殺意の籠った笑みで淡々と自己紹介をしていく。
「ああ、お兄さんでしたか。名乗り遅れて申し訳ありません、僕は」
「ああ、ああ、露李からいつも聞いてるからね。それはそうと、この辺りの夜道は危ないから、早く帰ると良いよ。送ってくれてありがとうね」
名も聞きたくないから早く帰れ、そう言わんとしていることが分かって結の苦笑いが深まる。
水無月の美貌は黙っていれば委員長の言うところの露李に似た清らかなものであるのに、話し出すと怪しさが止まらないから不思議だ。
「ああ、だから迎えに。すみません遅くまで連れ回してしまって。ではお言葉に甘えて…じゃあね、神影さん」
「あ、うん、また明日」
それだけ言うと結が露李の肩を抱き、神社の方へ歩き出させる。
これ以上の接触は許さないという意思の表明のようだった。
後ろからトットットッと軽い足音が聞こえてきて、水無月が横に並んだ。
さすがの身のこなしだが、発揮するところを間違えている。
「おかえりっ、露李!」
満面の笑みで話しかけられ露李もつられて笑う。
「ただいま、兄様。だから、そうじゃなくて!何で兄様も結先輩もいるんですか!」
「いや、だからそれはよー」
「神事なんて今日、無いですよね!」
ぎくり、と結の顔が強張る。
水無月は悪びれもなく微笑んでいる。
「お前に何かあったらいけねーだろうが!」
「何ですか先輩がやれるなって言ったじゃないですか!それに兄様も!」
「兄様呼びはやだなぁ」
「自分で名乗ってたくせに。氷紀、今日はずっとどこにいたの?」
律儀に言い直す露李の頭を撫でながら水無月はまた綺麗な笑みを浮かべる。
「んー?午前中は稽古してたけど、午後は買い物がてら露李の警護を」
「すとーかーですか」
「覚えたての言葉を使おうとしなくても良いのに。でもちゃんと買い物はしたよ?本当はあの子も来たがってたけど」
海松のことだろう、と押し黙る。
彼女には心配ばかりかけているので何も言えない。
確かに水無月の手には買い物袋が提げられていた。
「本当に信用無いですよね、私。戦える力も度胸もあるつもりなのに」
「いや信用っつーか…」
「露李、お前ももうちょっと自覚しようか。力関係じゃなく、女の子として」
諭す口調になった水無月にはもう逆らえない。
露李はこくりと頷く。
「分かった」
その返事を聞いた途端に、ぶわっと水無月から殺気が溢れだした。
「はあっ!?お前何してんだ!」
瞬時に露李を抱えて木の上に飛んだ結が上から文句を言う。
銀色の気が水無月を中心にゴウッと渦巻いた。
その中から真っ黒い笑顔の水無月がこちらを向く。


