茫然と自分を見上げる露李に、有明は緩やかに口角を上げた。
人の不幸は蜜の味と言うが、その言葉を実感しているのだった。
憎き者が絶望している姿は何と美しいのだろう。
震えた声はさながら甘美な旋律。
私の心を揺らし、憎き姫君の血を受け継ぐ者など──死ねば良い。
「…やだ」
「何かな、露李姫」
俯いている露李の表情は見えない。
「もう嫌、こんなの…!」
「そうか。いつ戦いを始めようか、露李姫?いつでも良いぞ」
茶化すようにそう言うと、彼女がばっと顔を上げた。
その瞳が怒りに染まっている。
「今よ!!出でよ、雹雷鬼!!」
叫びと共に、露李を中心にして風が吹き荒れた。
爆風、この言葉が相応しいだろう。
有明の唇がまたしてもゆるりと三日月になる。
「よく見ておれ、お前たち。姫様のお出ましだ」
息がつまるほどの風がやみ、石が転げる音が聞こえた。
もうもうと立ち上った砂埃の中から、“彼女”が現れる。
金銀の光を纏い、煌めく銀色の髪を靡かせ、決意の宿った金色の瞳を持って。
そして鬼本来の姿を表す、一対の角。
有明の背筋にぞくりと汗伝った。
その気迫、鋭い眼光。
本気だ、と思わされた。
そして、恐れを感じさせられた。
「ごめんなさい、氷紀兄様」
「─はぁ、仕方ないなぁ。出でよ、炎雷鬼」
またしても風が吹き、銀の光を纏った水無月が砂煙から現れる。
金の瞳、そして二対の角。
「約束だよ露李。──無事で」
「そっちこそ!」
威勢良く返事をして、地を蹴った。


