ゆっくりと倒れる。

ゆっくり、ゆっくり。


こんなスローモーションに見えるはずがないのだが、疾風にはそう見えた。

思ったよりも軽い音で倒れたようだ。

砂煙がもうもうと立った。

何も言わず、ただ見つめていると、水無月がこちらに歩いて来る。


「近しい者がああなれば戸惑うのは仕方がない─だが、およそ分かっていた事だろう。名前を呼ばれたくらいで躊躇するなど、覚悟が足りない証拠だ」


赤い瞳が厳しく見据えている。

何かを捨てなければ、守ることはできない。

そう、語っていた。


「氷紀、そんな風に─」


「良い。今は結先輩を探すことが先決だ」 


うん、と少し悲しそうに言う露李。


──ごめんね。


こう言えばきっと疾風が怒ると知りながら、心の中でその言葉を繰り返した。


「行くよ、露李」


水無月が露李の手を引いて歩きだそうとするが、その手を少し握り返して制止する。


「お願い。ちょっとだけ待って」


「どうした?」


「秀水さんを…」


露李が目を閉じると、金銀の球がふわりと現れ、辺りを照らした。

弔いだと分かるのに、時間はかからなかった。

光の球が秀水の周りを取り囲み、彼の邪気を払っていく。

おぞましい獣から、本来の顔に。


露李が再び目を開ける。


──ごめんなさい。


また、心の中で呟いた。



行こう、とその場を去って少し。

もうすっかり暗くなってしまった。


ジャリ、と砂を踏む音だけが闇夜に響く。


三人分。少なすぎる。


「誰も居ない…」


どこにも。


気すら感じない、秀水という名の獣が貪り喰っていた何かの思念さえ。