「うう、痛い」
すぐには立ち上がれずに呻いていると、すっと結の手が差し出された。
「あーあー、何してんだよお前。俺様の注意も聞かずにー」
「だって、私だって」
鬼の端くれだし。
そう言おうとしたのが伝わったのか、見上げた結の顔は珍しく真顔だった。
「結先ぱ、」
「馬鹿」
ぺしっと頭にチョップを食らう。
「馬鹿って…!」
「お前な。自分の力が戻ったとか、実は鬼だって分かったからってそんな突然色々できるわけねーだろ」
ぐっと言葉に詰まる。
確かにその通りだ。
「無理すんな。全部抱え込もうとするんじゃねーよ」
不意に優しい声で囁かれ、どこかむず痒い気持ちになる。
──何これ。何で。いつもの結先輩じゃないから?
「危ないときは俺が助けてやる。甘えるっつーことをそろそろ覚えろ、露李」
自分の名前を呼ばれただけで。
苦しくて、嬉しい。
「ありがとう、ございます」
「立てるか?」
はい、と言って差し出された手に甘えて立ち上がる。
「雪まみれじゃねーか、袴が」
パンパンと腰、そしてその下まではたかれ、
「…結先輩」
「あー?」
「どこ、触ってんですか!!」
「はぁ!?何言ってんだよ!?」
急に叫ばれたので煩そうに飛び退く結。
「変態っ、結先輩の痴漢!!」
そう言われてはたと思い当たる節があったのか、結がどんどん真っ赤になっていく。
「ち、ちげーよ!!俺はただ、雪を払ってやろうとだな!つーかそんなことで喚くんじゃねーよ!!」
露李が言い返そうとしたとき、ふわりと後ろから腕が回された。
「へぇ、そんなことって何?結」
首を上に捩ると、優しい浅葱の瞳と視線がぶつかった。
「露李ちゃん、何されたのか言ってごらん」
今度は青くなる結の顔。
「文月っ…」
「面白い顔だね、結。赤くなったり青くなったり、気持ち悪いカメレオンみたいで」
文月はどす黒く笑いながら、露李の頬に人差し指を滑らせる。
「大丈夫?露李ちゃん」
「あ、はい…」
「そっかぁ、結にお尻触られちゃったんだねぇ。可哀想に」
「文月お前っ、一部始終見てたんだろ!!」
結が叫んだ途端、文月の笑みが深まる。
「結ー、そんなに──絞め殺されたいの?」
ゆらりと文月の周りに浅葱の気が漂い始めた。
「ねえ、俺の力が自然の中だとものすごーく有利なこと、知ってた?」
そう告げた瞬間、結の頭に落ち葉と雪が降る。
「露李ちゃん、行こっか」
にこにこと笑う文月に抗えず、歩きだす。
なんだかすごく申し訳なくなったので、雪と落ち葉の塊に合掌した。


