「あんな顔で泣いてるやつをほっとけるわけねーだろ」
「…良かった」
水無月の声が響いた。
守護者たちが一斉に水無月の方を見て言葉を失った。
穏やかな優しさに溢れた笑顔。
今まで見たこともないような、嬉しそうな笑顔だった。
───こんな顔もするのか。
守護者たちが驚いていると、スッと襖が開いた。
「皆さん、夕食の準備ができました」
海松だ。
「おー!水無月、喜べ!海松の料理だぞ!」
「…たかが料理だろう。何がそんなに嬉しい」
すぐに元に戻ってしまったことを少し残念に思いながら、各々海松を手伝う。
今日は鍋だ。
「十二月ですから、温かいものがよろしいかと」
ほこほこと立ち上る湯気の奥で海松が笑う。
このところは皆、きちんと食事をとってくれるので安心だ。
露李はきっと守護者たちが無理をするのを良しとしない。
海松の能力は治癒が限度、力になれない変わりにせめて精一杯のことをしたかった。
「わぁ、海松ちゃん凝りましたね!」
静が感嘆の声を漏らした。
人参が様々な花の形に切ってあり、皿の上は何とも美しいものになっている。
水無月は意外そうな顔でそれらを眺め、口を開いた。
「ほう。妖怪が作ったわりには、見映えが良い」
「てんめぇ、偉そうにほざきやがって…」
「理津、やめておけよ。食事時だ」
ゆらゆらと紫の火を漂わせ始めた理津を疾風が押さえる。
珍しい光景に文月が吹き出す。
「稀なこともあるもんだね、疾風たちが喧嘩しないなんて」
「お肉入れますよー」
静が肉の皿を傾けかけたとき、水無月がぴくりと眉を動かした。
「待て。鍋に肉も入れるのか?」
「当ったり前だ、肉がなきゃ鍋じゃねーからな!」
「…苦手だな。俺はネギと白菜を食すことにしよう」
「大歓迎っ!!」
肉食三人組の声が重なる。
「じゃあ僕は海松ちゃんの人参を」
「本当、うるさいよねえ…」
ふと水無月が文月と目を合わせた。
「大地 文月、と言ったか。大地はネギの旨さを知っているか」
唐突な問いに一瞬手が止まる。
「え、え。あ、ネギ?いやー、うん…あんまり深くは考えたことなかったけど」
「はっ、センスの無い奴め。ネギのこのしなやかな形、そして甘味と苦味の絶妙なバランス。旨いぞ」
「そっか、へえ」
どうしてネギの話でこんなドヤ顔をされなければならないのか。
複雑な表情で白米を口へ運ぶ。
「貴様もネギを食え」
「それあげるよ。ほら、何か煮えてなくて辛そうな尻尾みたいなとこ」
「その譲ろうという態度、良い傾向だ」
けしてそのつもりは無かったのだが否定するのも面倒だ。
と、水無月のネギが全く減っていないのに目が留まった。
「ネギネギ言うわりには食べてないけど」
「俺は鬼舌だ。冷めるまで待つ」
「鬼舌!?」
「ああ。何だというんだ、そんな顔で」
「いや、鬼舌って…」
ひとときの、楽しい時間。
海松は嬉しそうに微笑みながら、露李の部屋の方へ思いを馳せた。
露李様、早く帰ってきてください。
私が貴女の変わらない場所を守りますから、だから。
彼らが壊れてしまう前に、早く──。


